第20話 炸裂! 火牛作戦

 火炎放射戦車。これを牽引するのは、「火牛かぎゅう」と呼ばれる魔獣である。この火牛は体内の魔石の力で口から火炎を吐くことができるのだ。彼らの気性は

温和で尚かつ従順なため、調教すれば軍事利用することも十分に可能である。

 この火牛三頭に牽引させた戦車をセイ国では「火炎放射戦車」と呼んでいる。耐火性の高い牛革の皮甲を身に着けた兵士を乗せ、車の方も牛革で覆って火に強くしてあるので、炎の中でも自在に動き回り敵を追撃することが可能だ。


「YOYOYO、これが火牛作戦だぜ!」


 三万の陸軍を率いているのは、あのデンタンであった。コーンロウの男は巣車に乗り込み、燃え盛る炎を後方から眺めている。

 敵を引き出して森林に兵を埋伏させた上で、火炎放射戦車を出撃させ火攻めを行う。一連の動きは、全てこのデンタンの策であった。

 この時、伏兵作戦を提案した犬人族の役人は、すでにヤユウを脱出してセイ国の陣地へ駈け込んでいた。この役人は密かに賄賂わいろを受け取りセイ国側へ密通していたのである。セイ国の調略は、犬人族の内部にもすでに及んでいたのだ。


 魔族というものは基本的に他種族の生存権を認めない。彼らにとって他種族は戦い打ち滅ぼす対象でしかないのである。傀儡兵に肉体労働の殆どを任せているという事情から、他種族に奴隷労働をさせる、という発想すらない。

 だがセイ国は違う。この国は他種族を傭兵として雇ったり、買収して間者として利用したりといったことを当たり前のように行う。それは魔族国家としては型破りともいえる性質であり、そのことがセイ国をより一層陰湿たらしめている。


「よし、セイ国軍! ゴーアヘッド!」


 デンタン率いるセイ国軍が、一斉に前進した。


*** 


 犬人族兵の殆どは、炎に巻かれるか、戦車から放たれる矢や戈の斬撃で命を落としていった。浮足立った犬人族側は、組織的な抵抗を全く行えなかったといってよい。


 ――作戦は失敗だ。


 犬人族側がそう判断するまでに、さほどの時間はかからなかった。彼らが行うべきことは、生きてヤユウに戻ることだけだ。生きてさえいれば、また武器を取って戦うことができる。

 一方のトモエは、炎から逃れるように走りながら、じっと敵の動きを窺っていた。


「やっぱり牛さんじゃあ馬より遅いよね……」


 見た所、火炎放射戦車の動きは鈍重である。それこそ、馬四頭引きの通常型戦車とは比べ物にならないほど疾走力は低い。流石に牛と馬では走力が違うのであろうが、しかし、それ故に火炎放射戦車の部隊はじわじわと、真綿で首を絞めるが如くに進軍し、犬人族を追い詰めてゆく。


「よし、決めた」


 トモエの取るべき行動が、彼女の中で決定された。

 トモエは火の手の回っていない場所に逃げ込むと、一本の葉の無い樹を見つけた。そして、すかさず樹皮を掴み、枝に手をかけて登り出した。


「ふぅ……」


 てっぺんまで登ったトモエは、敵の来る南東方向を眺めた。ここからなら、敵軍の様子が何となく分かる。


「あの牛さん戦車が先行してて、後ろから来るアレは歩兵かなぁ……牛さん戦車で乱した所を歩兵の大軍で囲んで潰すって感じね……」


 セイ国軍の進軍スピードはそう速くはない上に、先行する火炎放射戦車と後方の歩兵部隊との間には距離がある。今なら、歩兵と火炎放射戦車が連携を取る前に各個撃破できそうだ。


「そうと決まれば!」


 トモエは一台の火炎放射戦車に狙いを定めると、樹上から飛び降りた。


「必殺! きりもみ回転キーック!」


 飛び降りたトモエは、まるでドリルのように回転しながら戦車の車台の真上に降下した。その強烈な蹴りは、戦車に乗り込む三体の傀儡兵を車台ごと粉砕してしまった。轟音と土煙に驚いた火牛は、そのままどたばた走って逃げ出した。

 トモエの存在が、敵に気づかれた。火牛の首が、一斉にトモエの方を向く。炎に巻かれれば、流石のトモエも生きてはおれないだろう。しかもこの場にはバリアを張って身を守ってくれるシフもいない。彼女はエイセイ、リコウ、トウケンとともに別の任務を任せている。

 自分は強い。だが無敵ではない。矢や刀槍矛戟とうそうぼうげきに貫かれても死ぬし、炎や冷気に当てられても死ぬ。溺れたり窒息しても生きてはゆかれない。トモエは己の力をよく理解していた。


 ――先手必勝あるのみ!


 トモエは神速ともいえる速さで一台の火炎放射戦車に肉薄した。火牛の口から火炎が放射されるが、トモエは跳躍してそれを回避した。


「はっ!」


 トモエの足が、真ん中の火牛の頭頂部を踏んづける。その弾みでトモエは拳を戦車の御者に叩き込んで胸を粉砕し、その後ろに乗っている弩兵と戈兵の首を立て続けに手刀で飛ばした。


「奴が報告にあった化け物だ! この火炎放射戦車部隊のど真ん中に突撃してきたことを後悔させてやる!」


 ガスマスクのようなものを着用して火炎放射戦車に乗り込む武官が、トモエに向かって怒鳴りながら弓を引く。それに合わせて他の弩兵も車上からトモエを狙い、さらに火牛の口も開いた。その動きに、トモエは素早く反応した。

 火炎放射と矢弾、それらがトモエに向かって放たれる。集中砲火だ。トモエは走って逃げた。逃げながら時折矢を掴み、敵に向かって投げ返す。


「あっつい……」


 赤い舌のように揺らめく炎は、尚も森を燃やし続けている。トモエも直接焼かれてはいないものの、その熱気に当てられた体は火照り、汗が滝のように流れ出している。


 ――犬人族たちは、上手く逃げおおせただろうか。


 敵軍の足止めをして、味方が逃走する時間を稼ぐ。今トモエが行っている戦いは、そのようなものであった。

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