第18話 二つの選択肢

「今我々には二つの選択肢がある」


 キソンは真剣な眼差しで、正面のリコウの顔を見つめた。


「選択肢……とは」

「まず一つは、海豹妖精セルキーたちとの連携を取り戻すことだ」


 犬人族が馬人族との間に使者を通じる方法はもう一つある。陸路で牛人族の勢力圏を抜けるのではなく、海路でモン=トン半島をぐるりと回り、半島の南岸に上陸して馬人族の勢力圏に入るという方法だ。このルートは非常に大回りであるが、牛人族の勢力圏を通らずに済むという利点がある。


「だがそれには海洋に遊弋ゆうよくするセイ国艦隊を排除せねばならん」

「セイ国艦隊……」


 セルキーは半島の外周部分と海に浮かぶ島々の両方に陸上居住区を設け、そこを拠点に獣人族たちと交易を通じてきた歴史がある。しかし、それはセイ国艦隊によって粉々に打ち壊された。艦隊は武力で半島外周に存在していたセルキーの居住区を攻撃し、セルキーたちを半島から追い払ってしまったのだ。そうしてセイ国は半島沖合の制海権を完全に掌握したのである。半島の周りの海は、もはやセイ国の海になってしまったということだ。

 セルキーたちと再び通交し、犬人族と馬人族との間を繋ぐには、セイ国艦隊の排除が必要不可欠なのである。


「海戦かぁ……オレたち経験ないんだよな……」

「確かに……水の上じゃあたしも戦えないし……」


 無敵とも言えるトモエの力は、地面に足をつけている状態でこそ発揮される。流石の彼女でも、水の上や空の上で戦えるわけではないのだ。


「もう一つは……牛人族と盟約を結びなおし、往時のように連合軍を結成することだ」

「牛人族……オレたちを襲ってきた奴らですか」

「お前たちもあ奴らと戦ったのか……」


 キソンはごほん、と大きく咳ばらいをした。


「ええ、ここに来る途中に襲われて、戦わざるを得ませんでした」

「いいや、そう申し訳のなさそうな顔をしなくてもよろしい。よいのだ。彼らはもう、セイ国に魂を売ってしまったのだから……」


 そこから、キソンはまた語り出した。内容は、牛人族に対するセイ国の調略である。

 セイ国のやり口は、非常に狡猾であった。彼らは牛人族にセイ国精の強力な武器を売った上で犬人族への侵略をそそのかしたのだ。牛人族はそれを以て犬人族の都市を襲い、領土を奪った。さらに悪賢いことに、セイ国は武器の代金という名目で牛人族の都市一つを差し押さえ、そこをセイ国軍の軍事要塞と化してしまったのだ。その上で彼ら牛人族を傭兵として二束三文で買い叩き自国の尖兵と化しているのだから、始末が悪いなどというものではない。

 獣人族同士を分断して結束を阻害した上で、侵略用の橋頭保と使い捨ての兵力を得る。セイ国による一石三鳥の鮮やかな調略に、犬人族たちは舌を巻くより他はなかった。


「牛人族と盟約を結ぶなど不可能なのだ。いや、奴らの事情だけではない。こちらの方にも、牛人族に深い恨みを持つ者が多い。私とて、奪われた領土に目を瞑って盟約を結ぶことなどできはしない、と思っている」


 キソンの声色から、この都市長官が酷く悩み、落ち込んでいることが分かる。その失望たるや、余所者のトモエたちには想像もできない。分かるのは、今犬人族たちが置かれている状況が厳しいということだけだ。


 それから、トモエたちは都市の中央にある宿舎の部屋に通され、そこを借り受けることとなった。二つの部屋が貸し与えられ、一つはトモエとシフ、もう一つはリコウとエイセイ、トウケンが使うこととなった。


「いやー、快適快適」

「ほんとだよぉ……」


 寝台の上で、トモエは仰向けになって四肢を大きく広げていた。それにつられて、シフも同じようにもう一つの寝台の上に大の字になった。これまでずっと、野宿を強いられてきたのだ。ちゃんとした場所で眠れるのは久しぶりのことである。しかも、今まではずっと敵地であったから、その緊張感は並大抵のものではない。それに引き換え、ここは自分たちに友好的な者たちの土地であり、それ故に気が楽であった。


「ねぇ、シフちゃん」

「なぁに?」

「あたしたち、どれだけ力になれるのかな……」


 トモエの頭の中では、キソンが語った話の内容がぐるぐると巡って渦を巻いていた。


 ――エン国の時と違って、そう単調にはいかない。


 そういう思いが、トモエにはあった。政治、外交、複雑に絡み合う利害……人間と魔族という二者対立だけを考えればよかったこれまでとは、ことの性質がまるで異なっている。正直に言って、頭が痛くなると言う他はない。

 そうして、あれやこれやと考えてみた結果……


「まぁ、あたしには拳を打ち込むことしかできないよね……」


 そのような考えに、トモエは到った。


「大丈夫。トモエさんのこの力があれば、今回もきっと上手くいくよ……」


 シフが、その小さな手でそっとトモエの拳を包み込んだ。

 今まで、数多の敵を葬ってきた拳。その拳を、まるで慈母のように掌で優しく包む。拳に伝わった温もりが、じんわりと体の内側に浸透していくような、そんな心地よい感覚に、トモエは包まれていた。


「シフちゃん、ありがとう」

「えへへ、シフ、喜んでくれて嬉しい……」


 シフは、ほんのり紅色の乗った顔を、トモエの方に向けていた。

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