第17話 犬人族の城郭都市
獣人族の都市も、魔族と同じように城壁で囲まれた城郭都市になっている。トモエたちはヤユウという犬人族の都市に招かれた。
トモエたちはその中央にある、
「私はこの都市の
机に座った状態でトモエたちを出迎えたのは、何処となく年老いた印象の、灰色の毛をした犬人族であった。宰というのは城郭都市の長官のことである。トモエの前世の社会制度に照らすならば、市長や区長のような立場だろうか。
犬人族の言葉を、人間もエルフも理解はできない。古い時代には交流のあった人間とエルフの間ならともかく、獣人族たちはその歴史の上で人間との交わりを持ったことがないからだ。唯一言葉を理解できたのは、行動範囲の広いケット・シーのトウケンのみであり、彼が通訳を務めることとなった。
「あたしはトモエといいます。一応……この五人のリーダー……になるのかな? よろしくお願いします」
正直、トモエ自身にこの五人のリーダーという自覚はない。主導的な立場に立つのはその時その時で変わるからだ。トモエはキソンに対してリーダーを名乗ったのは、あくまで便宜上のことである。
「先日ごく少数でセイ国軍の包囲網を突破したというのは聞いているが? 本当かな?」
「はい、その通りです。何しろ連中矢をバンバカ撃ってきてもう大変で大変で……でもやっつけてやりましたよ」
そう言って、トモエは拳を握って軽くシャドーボクシングをした。
「もしやとは思うが……エン国の国王を討ち取ったニンゲンというのも……?」
「ええ、おっしゃる通りで……」
「いやはや、エン国の北にはニンゲンという種族が住んでいるというのは風の噂で聞き及んでたのだが、そのような精強な種族だとは我々もこれまで思っていなかった」
キソンの顔は、驚愕一色に塗りつぶされていた。犬顔でも、表情というのは分かりやすく変わるものなのだな、というのは、トモエの偽らざる感想であった。
「彼らがいれば、和平派を黙らせられるかも……」
「ん?」
和平派……キソンの口から奇妙な単語が飛び出たのを、トモエは聞き逃さなかった。
「オレたちの方も、色々と聞きたいことがあります。よろしいですか」
リコウが、トモエの後ろから出てきて言った。実際、トモエたちも情報が欲しい。セイ国のことや、獣人族のこと、
「なるほど、こちらもできる範囲で協力したいが……さて何から話したものか」
「まず、貴方たち犬人族は、セイ国と対立している……ということでよいのですか?」
「今のところは、その認識でよいだろう……だがこの話は話すと長くなる。それでよければお話させていただこう」
「オレは構いません。皆は?」
リコウがトモエたちの方に視線を配ると、トモエたち四人は全員首を縦に振った。
犬人族は、まずセイ国軍と獣人族の大戦争、つまりセイ国軍が獣人族連合軍に大敗した「ソクボクの戦い」の話から始めた。
獣人族とセイ国、そして他の魔族国家をも交えた一連の戦争の後、暫くは獣人族と魔族両者の間に平和がもたらされた。お互い戦力を失いすぎて、再び戦いを起こす力がなかったのだ。
しかし獣人族が平和の上に
そして、五年前。セイ国は突如兵を発した。歩兵三十五万と戦車六千台、そして河川には二百隻を超える軍船。凄まじい規模の軍が、モン=トン半島の中央を南西から北東に向けて行進したのだ。
この出兵は、侵略が目的のものではなかった。セイ国軍は大軍を擁しながら、一つの都市を攻撃することもなく、都市と都市の間を縫うように行軍を続け、半島の先端部に至った。そして彼らは踵を返してセイ国本国へとんぼ返りしたのである。
獣人族の勢力圏は、北から順に犬人族、牛人族、馬人族に分かれており、海岸沿いは妖精族の一種である
つまるところ、この行軍はセイ国の力を見せつけるための̪示威行為だったのである。この軍に怯えた牛人族は、セイ国の脅しに屈して和議を結び、今はもう半属国となってしまっている。セイ国軍に存在する牛人族部隊も、二束三文で買い叩かれた安い傭兵団に過ぎない。
あっさり屈した牛人族と違い、犬人族と馬人族は「セイ国に断固抵抗すべし」との方針を固めた。しかし、内部では様々な意見が存在している。実際、犬人族の中にも「セイ国と正面衝突すれば必ず滅ぼされる。彼らに平伏し、平穏を得るべきだ」という意見を言う者もいる。犬人族の内部は抗戦派と和平派で割れている状態なのだ。ヤユウは今の所キソンの下で徹底抗戦の意志を貫いているが、他の都市では和平の使者を送ることを検討した所もあったという。
犬人族は同じく抵抗路線を取る馬人族との連携を強めようとした。しかし、それは簡単にはいかない。両者の間に勢力を張る牛人族が立ち塞がり邪魔をしているのだ。使者を通じようにも、相手側の勢力圏に入るためには牛人族の勢力圏を通らねばならず、その間に捕まったり殺されたりする危険が高い。セイ国が牛人族に誘いの手を伸ばして
「全くセイ国という国は狡猾よ。油断も隙もあったものではない」
キソンはしわがれた声で、セイ国への不快感を露わにした。
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