第16話 セイ国屈辱の歴史

「ヤツら、デンタン軍を突破しましたか……」


 玉座の上で、セイ国王リョショウは相変わらず青い前髪をくるくると指に巻きつけている。


「まぁよいでしょう。どうせヤツらは犬人族の都市にでも逃げ込んだでしょうから、犬人族ごと攻め滅ぼしてくれます」


 魔族国家の中では東方に位置し、北のエン国(現エン州)と南のソ国に挟まれる位置取りのセイ国は、東にあるモン=トン半島に勢力を持つ獣人族たちと常時交戦状態にある。ただエン国やギ国に攻められるのみであった北方の人間たちと違い、セイ国と戦う獣人族たちは、失地回復のために果敢に攻撃を仕掛けてくるのだ。そのため、エン国やギ国と違って防御に回らざるを得ないことも少なくない。


 ――我が国は、侮られている。


というのは、セイ国の廷臣たちの率直な感想である。


 セイ国は領土内に魔鉱石の鉱山があまりなく、魔鉱石産出量は五か国中最も少ない。そのため傀儡兵の保有数が少なかった。その解決のために東方への勢力拡大を目論み、モン=トン半島の獣人族たちを排除しにかかったのである。

 東へ向かうセイ国と、その侵略を受ける獣人族。両者は三十年前に大激突した。セイ国側は、当時のほぼ全軍に当たる歩兵十五万と戦車三千台を発して東へ向かわせた。これに危機感を覚えた獣人族の諸族は手を取り合い、連合軍を編成して迎え撃ったのである。

 総勢ニ十万の獣人族連合軍は、ソクボクという土地でセイ国軍と干戈を交えた。これが、セイ国にとっての屈辱の歴史となる「ソクボクの戦い」である。

 セイ国側は、獣人族の力量を甘く見ていた。加えて敵が諸族による連合軍ということもあって、「初戦で打撃を与えれば、足並みは乱れ、総崩れになるだろう」と踏んでいた。いざ戦いが始まると、獣人族は戦闘力も戦意も高く、当初の見立てとは逆にセイ国軍の前線が一回の会戦でほぼ崩壊状態になるという有様であった。


 ――我々セイ国は、奴らを見くびっていた。


 この戦いで大敗を喫したセイ国軍は敗走に敗走を重ね、勝ちに乗じた獣人族によって領内の城郭都市を次々と落とされていった。

 セイ国王リョショウは「ソクボクの戦い」の敗北を受けて兄たちに救援を要請し、それを受けたシン国、ソ国、エン国、ギ国では援軍の編成が始まった。しかし獣人族の破竹の快進撃は留まることを知らない。とうとうセイ国は国都リンシと南のキョという都市を除く全ての都市を失ってしまった。リンシには国王リョショウと重臣たちが立て籠もり、キョには地方の小役人に過ぎなかったデンタンが敗残兵をまとめて入城し、城を固く守っていた。キョに居座ったデンタンはリンシに総攻撃をかけようとする獣人族連合軍を背後から脅かして敵軍の一部を引きつけ、そうして時間を稼ぎながら諸国の援軍を待ち受けた。

 魔族国家の援軍の中で最初にセイ国に到着したのは、距離的に近いエン国であった。そこからソ国、ギ国、そしてシン国の順番で次々とセイ国内に入国した。総勢二十五万の歩兵と四千台の戦車からなる魔族国家連合軍はリンシを包囲する獣人族連合軍を攻撃して敗走させた。キョを攻撃していた獣人族もそれを見て撤退し、晴れてセイ国は窮地を脱したのである。

 戦いの後の論功行賞で、元々小役人であったデンタンは獣人族連合軍の後方を脅かして援軍到着までの時間を稼いだ功績を認められて光禄勲こうろくくん(中央の武官職で、宮殿の脇門を守る衛兵を統括する高位の官職である)に就任した。


 セイ国が一時危機に陥ったこの戦い以降、セイ国の国家や官吏、民衆は侮りを受けることとなった。


 ――セイ国は、弱兵の国よ。


 そうした屈辱的な悪罵は、獣人族のみならず他の魔族国家の民や官吏からも投げかけられた。セイ国王リョショウ及びその臣下の者たちがどれほどの悔恨の情を覚えたかは察して然るべきである。


 セイ国は商業を奨励し、中継貿易で栄えた国である。南方原産の良質な竹材をソ国から買い上げて竹を算出しないエン国やギ国へ輸出したり、北方で養殖される体格の大きい馬をエン国やギ国から買い上げて小型の在来馬しかいないソ国へと輸出したりなど、商品を南北に流すことで中間マージンを得ている商人が国内に多い。それだけでなく、セイ国の商人は東の海を拠点とする魚人族との貿易を通じて正体不明の東方の物産をも輸入し、周辺諸国へ高値で輸出している。

 セイ国王リョショウは、商業によって国内にもたらされた富を活用して軍備を整えた。周辺国から魔鉱石を輸入して傀儡兵を増産し、軍馬の養殖も積極的に行った。


 ――戦争は、経済である。


 とは、セイ国王リョショウのポリシーだ。戦争というものは、詰まる所銭で行うものである。周辺国の魔族からは未だに「セイ国は商賈しょうこの国よ」と言われその軍事力を甘く見られることも少なくないが、セイ国は着実に力をつけ、強国と化していっているのだ。もう、弱兵と呼ばれたセイ国は、何処にもないのである。

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