第15話 セイ国軍の歓迎パーティ

 万の軍に囲まれた、絶望的な状況。それでもトモエたち五人は諦めなかった。トモエたちは、一人の戦死者を出すことなく、少しずつ、少しずつ、敵軍を削り突破口を開きつつあった。

 敵に肉薄したトモエは、ひたすら敵を打ち倒しまくった。接近戦で彼女に敵う者はない。傀儡兵が何体集まろうがそれは同じことである。そうして切り崩した所へリコウとトウケンが仕掛ける。エイセイはシフの「千里眼」の力を借りながら暗黒重榴弾ダークハンドグレネードを投射し、敵陣の後方を潰していく。その最優先目標は射撃兵であった。射撃兵を潰せば潰すほど、敵軍の攻撃オプションは狭まる。


「ええい……くそ……連弩兵構え!」


 武官の叫び声とともに、連弩兵が前に繰り出した。連弩兵はレバーを前後させて、物凄い数の矢を速射した。その様はまるで、群れを成して空を飛ぶムクドリの如くである。


「うわっ……あの矢の雨だ!」

「凄い数なのだ!」


 連弩は射程が短い。したがって、前に出ているリコウ、トウケンに対してその矢は集中した。魔導鎧のあるリコウはともかく、トウケンにとっては脅威そのもので、このネコ耳の少年は逃げ惑うばかりであった。

 一方のトモエはどうか。


「どっせい!」

 

 すでに敵陣奥深く切り込んでいたトモエは、そのために却って矢の的にはならなかった。彼女の荒れ狂う拳や蹴りが、傀儡兵の残骸を積み上げていっていた。


「あれが矢の出所ね!」


 トモエは矢を速射する連弩兵の横隊を発見した。トモエは、その立ち並んだ傀儡兵こそが大量の矢弾の出所であると素早く見抜き、そちらに足を向けた。連弩兵を守らんと槍兵が立ち塞がったが、そんなものはトモエにとってものの数ではない。瞬く間に、槍兵たちは打ち砕かれ残骸と化した。

 

「おらぁ!」


 トモエの拳が、連弩兵に襲い掛かった。接近を許した射撃兵などは無力に等しい。傀儡兵を統率する武官たちは何とか槍兵を盾にして連弩兵を逃がそうと兵を動かすが、そのような小手先の策が暴力の化身たるトモエに通用するはずもない。


「このままではこの右軍が突破される……」


 左右に翼を張ったデンタン軍、その右軍を率いる副将は歯噛みした。トモエたちが突き破ろうと戦っているのはこの右軍である。

 セイ国軍はまだトモエの真の恐ろしさを知らなかった。ヤタハン砦に派兵されたチンシンの軍が夜襲でかき乱されて大損害を被ったとの報はすでに受けていたものの、兵の犠牲の多くが同士討ちであったことも同時に知らされたため、


 ――日の出ている時間帯に平地で決戦を行えば、流石に数の差で揉み潰せよう。


 と高をくくっていた感は否めない。そうしたセイ国軍の侮りを、トモエは見事にその拳で打ち砕いたのである。


 日没を迎えたのと、トモエたちが右軍を突破したのは、ほぼ同時であった。


「Oh shit!」


 その夜、帷幕の中でデンタンは吠えた。昼間の野戦こそが、トモエたちを一網打尽にするチャンスであった。夜に山中に逃げ込まれてしまえば、もう尻尾は掴めない。火を焚いて探させることはできるが、チンシン軍が夜襲を受けたことを思えば得策ではない。今セイ国は獣人族との戦争の真っ最中であり、兵を無駄にすることは好ましからざることである。


「あいつら逃亡、このオレ失望、手ぶらで帰りたくねぇWhat the hell!」


 月明かりの下で、コーンロウの総大将は地団駄を踏んでいた。


***


 デンタン軍を突破したトモエたちに待ち構えていたのは、山越えであった。山地を踏み越えるのは、軍との戦いと同じぐらいには骨が折れる。その地形や野生動物の全てが牙を剥いてくるからだ。トモエたちにとってよかったのは、この山々がおしなべて低くなだらかであったことだ。


 明け方、トモエたちは行動を開始した。山を歩く。ひたすら歩く。ただそれだけだ。セイ国が整備したものなのか、軍用道路と思しき整地された道があった。そこだけ草がなく、平らに均されている。


 日が中天を回った頃であった。この日は曇っていて、冷たい風が吹いていた。まだ山の風景は寂しい。地面を見れば春の野草が芽を出しているのだが、木々の殆どは裸のままで、山の目覚めはまだそこまで感じられない。

 ふと、トモエたち一行の目の前に、何かの影がちらついた。獣ではない。二足歩行をした何者かである。


 その影は、二つあった。それらは軽い身のこなしで枯れ木の枝の上に立ち、トモエたち一行を見下ろした。

 影の正体は、犬のような顔をして、麻の衣を身に纏った、二足歩行の生き物であった。


「あの者たち、魔族ではないようだな。一人はケット・シーか」

「後の四人はパッと見魔族に見えたけど、違うみたいっスねぇ」


 木の上にいる犬顔たちは口々に言い合った。


「もしかして貴方たち、犬人族なのだ?」

「如何にも、そちらはケット・シーとお見受けする」

「そっちの四人は?」

「大きい方の二人は北の方から来たニンゲンで、小さい方の二人はエルフなのだ。敵ではないのだ」

「なるほど。我々の城を目指していると見えるが」

「ここの五人は皆、魔族と戦う者たちなのだ。きっとそちらの力になれると思うのだ」


 トウケンの言葉を聞いて、犬人族の二人は顔を見合わせた。


「よいだろう。我々についてくるがいい」

「ここから暫く山道が続くけど、そこんとこよろしくね」


 言いながら、二人は木から飛び降り、山道を東へ進み始めた。


「皆、あの二人が犬人族なのだ」

「へぇ……本当に人みたいに歩く犬って感じなんだな……」


 トウケンに先導される形で、トモエたちは二人の犬人族の後をついていった。 

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