第7話 トウケンのアドバイス
「国王を討ち、我が兄を傷つけた……このワタシ、ガクジョウが仇を討ってやる!」
帷幕の中で椅子に座りながら怒気を発しているのは、この軍の司令官ガクジョウである。ガクキの妹である彼女は、兄に重傷を負わせたトモエを討ちたいと願った。そして、トモエたちがエン州に入ったという情報を得た彼女は、州の長官たる兄ガクキにトモエたちの討伐を任せてほしいと願い出たのである。ガクキは、
「了解した。ガクジョウに軍を預けよう。ただし、深追いしてはいけないよ。彼女と直接戦ってもいけない。分かったね」
と念を押して、ガクジョウに歩兵二万と戦車百五十台の州軍を預けた。
ケット・シーたちを使って情報を得たガクジョウは、
二万の軍では、正直心許なかった。トモエは九万のガクキ軍でも、二十五万の諸国連合軍でもその首を取れなかった相手だ。けれども、兵は使いようである。ガクキ軍は北への出口を広くカバーしなければならなかったから、軍を薄く圧延して貼りつけなければならなかった。そのため本陣の兵力が少なくなってしまい、ガクキは重傷を負わされてしまった。諸国連合軍はそもそも山の下から山上の砦を攻撃するという時点で不利であった。その上夜襲を繰り返されて軍が乱れ、将軍同士の不和が巻き起こった。連合軍という性質の弱点が、はっきりと表に現れてしまった。
朝を迎えた。ガクジョウの軍は早速動き出した。五千の先遣隊に加え、後方の予備部隊も召集し、二万の軍の全軍を動かした。
だが、トモエたちの姿は、何処にもなかった。
「探せ。一晩ではそう遠くへはいかないはずさ」
ガクジョウは部隊を小分けにして捜索に当たらせた。元々、敵は少数であり、一旦隠れられてしまうと中々見つけられない。ガクジョウは悔しさのあまり歯を
捜索の手はありとあらゆる場所に及んだ。その結果、戦車も通れないような細い山間の道が発見された。地元の民の誰も利用していない道で、しかも山から流れてくる雪解け水でぬかるんでいる。そこに、足跡があった。
「嫌な道だな……」
兵法でも、車輪や兵の足が取られる沼沢地では長く留まってはならないとされる。その上、細い道では戦車が使えず、歩兵の大軍も数の利を活かせない。
「仕掛けるべきではない……か……」
ここで無理に追っては返り討ちになる。そうガクジョウは判断した。如何にこちらに大軍がついているとはいえ、決して気の抜ける敵ではない。
――新しい方策を、考えなければならない。
***
その頃、トモエたちはトウケンに従い、例の細い道を通り抜けていた。山から雪解け水が流れ込んできているせいで道はぬかるみ、歩くのも一苦労であった。
「……この道、いつまで終わるんだ……」
特に疲労の色を濃くしているのはエイセイである。元々体力に自信のない彼のことであるから、当然といえば当然だ。
それでも、何とか道を抜けることはできた。
「ところで、皆はどちらに行くのだ?」
トウケンが、三人に尋ねてきた。
「ここまで来ちゃったら、もう隠してもしょうがないよね?」
トモエが、他の三人に念を押す。まずシフが首を縦に振り、リコウとエイセイが渋々といった風に続いた。仲間たちの了承を得たトモエは、トウケンに目的を教えた。
「南東の海岸沿いからセルキーの島に行きたいの……?やめた方がいいと思うのだ……」
「何で……?」
「多分、今行ったらエン州の艦隊が待ち伏せしてると思うのだ……」
「エン州の艦隊……」
艦隊。そういえば、トモエたちは水上での戦いを経験したことがなかった。けれども考えてみれば、あれだけ組織立った軍制度を持つ魔族たちが、海軍を持っていないはずもない。そして、海へ渡るとなれば、当然敵の水上戦力と戦闘になることも想定に入れられよう。
「それに、セルキーのいる島はエン州からだと遠いのだ」
「うーん……じゃあどうすればいいのかな……」
「ぼくにいい考えがあるのだ」
「考え?」
「エン州側からじゃなくて、このまま南西に進路を取ってセイ国に入国するのだ。そうしてセイ国側から海に出るのだ」
セイ国。その単語を聞いて、トモエはあの青い旗の軍を思い出した。四か国連合軍の中では一番の弱兵であった、あの軍である。確かあの青い旗の軍の武官が、セイ国軍がどうのこうのと言っていたはずだ。
トウケンの言うことは、確かに理に適っている。エン州軍がこちらの進路に気づいている以上、海岸線の防衛は厚くなっているであろうし、海上の防衛網も強化していることであろう。
「その作戦、乗った!」
トモエは即決した。この決定に竿を差せるような空気ではなく、他の三人も黙してこれに追従することにした。
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