第6話 トウケン、馳せ戻る

 戦闘は続いていた。

 数十台の敵重戦車部隊は、前線からほぼ排除された。だが、まだ歩兵の大部隊が残っている。正確な数は分からないが、少なくとも数百といった単位ではない。五千を越える部隊が展開しているであろうことは見て取れる。

 トモエたちは、ひたすら大軍を相手に戦い続けた。数が多いとはいえ、もう傀儡兵などは勝手知ったる相手である。傀儡兵の残骸が、みるみるうちに積み上げられていく。

 それでも、流石にたった四人でこの圧倒的な数を相手に戦うのは中々辛いものがある。相手もそれを分かって、物量作戦を仕掛けているのだ。どんな強者でも、ずっと戦い続けられるわけではない。いずれ疲弊し隙が生まれる。トモエたちが傀儡兵との戦闘に習熟していく間に、魔族軍側もトモエたちのような圧倒的な個の力を潰す手段を学習していたのである。


「トモエさん! 皆!」


 前に何処かで聞いたような声を、トモエたち四人は聞いた。それとともに姿を現したのは、ネコ耳の少年、トウケンであった。


「おっ、お前! 今更ノコノコと……」

「そのことについては謝るのだ……それを承知で今はボクの言うことを聞いてほしいのだ」

「……お前の言うことなんか聞くわけないだろう。リコウ、こいつから始末していいかな」


 エイセイが威斗をトウケンに向けた。それを見ても、トウケンは全く動じなかった。


「この近く、西に進むと戦車も通れない細い抜け道があるのだ……夜の間にそこを通ればもう敵も追っては来られない……」


 よく見ると、トウケンは体のあちこちに傷を作っていた。リコウもエイセイも彼の事情を知らないが、それでもただならぬ状況にあったことは察せられる。


「こいつの言うことは信じられない……けど……」


 言いながら、リコウは剣で傀儡兵の胴を薙いだ。リコウの方に、敵兵が集中している。エイセイが暗黒雷電ダークサンダーボルトでまとめて撃破したものの、打ち漏らしが肉薄してきた。リコウはそれらを剣で切り裂き、突き通していく。


「このままじゃまずい……」


 倒しても、倒しても、敵兵は尽きることがなかった。まさに寄せる波の如くである。


「ぼくも手伝うのだ!」


 そう言って、トウケンは懐からナイフを二本取り出し、槍兵に向かって踊りかかった。槍兵がその槍を振り下ろすよりも素早く、彼は懐に潜り込んだ。


「ニャニャニャニャニャニャ!」


 目にもとまらぬ速さで、彼は腕を動かした。その動きが止んだ頃、槍兵は四肢をばらばらに切り刻まれて倒れた。


 そうして、黄昏時を迎えた。敵軍は兵を退いて去っていった。


***


「ごめんなさい……皆の居場所を教えたのはぼくなのだ……」


 夕陽の差す中、トウケンは深々と頭を下げて陳謝した。リコウ、シフ、エイセイの三人は、無言でこのネコ耳少年を見つめていた。見つめていた、というより、ほぼ睨んでいたに近い。普段は温和で朗らかなシフでさえ疑いの目を向けていることを考えると、このトウケンが如何に嫌悪されているかが見て取れる。

 ただ一人、トモエのみは全く違った反応を見せた。


「きっと……何か理由があるのよね? 傷だらけだし……きっと何か彼にも事情があるんだよ」


 トモエはトウケンの右手を自らの両手で握りしめながら語り掛けた。


「トモエさん、そいつのせいでオレたちは危険な目に遭っているんですよ!」

「……そうだ。ボクもそいつのことは許せないし、信用ならない……」


 リコウとエイセイは、尚も怒りを剥き出しにしている。


「トモエお姉さん……二人の言う通りだよ……」


 シフも、二人の少年の肩を持った。トモエ以外の三人は、皆トウケンに対する怒りを隠さない。


「許してほしいなんて言わないのだ……でも、せめて皆に何か恩返しができればと思って……それに……」

「それに……?」


 トモエが聞き返す。


「ヤツらはぼくたちの仇でもあるのだ……」


 そう言って、トウケンはことの顛末を全て明らかにした。ガクジョウなる武官に居場所を教えた後のことを全て……


「こんなヤツの話、信用できるものか!」

「……全くだ。大方、ボクらの同情を誘ってさらなる罠にかけるための作り話に過ぎないだろう」

「待って。リコウくん、エイセイくん」

 

 ぴしゃりと言ったのはトモエである。


「魔族たちが人間やエルフたちにしてきたこと、よく思い出して。彼らなら、ケットシーを裏切ることだって十分考えられると思わない?」


 魔族たちは他種族を絶対に許さない。それは彼らのある種の掟のようなものなのだろう。とにかく、魔族の他種族に対する残虐性は常軌を逸している。だからトモエとしては、トウケンが嘘を言っているようには思えなかった。体の傷にしても、頬や肩はともかく、自作自演でつけるには困難な背中に綺麗な赤い縦線が引かれているのは、攻撃を受けた証拠としては十分に思われた。


「だから……お願い。ぼくに考えがあるのだ。それを聞いてほしいのだ……」

「トモエさんが言うなら……取り敢えず話だけは聞こう」

「……うむ」

「そうだね……どの道シフたち、ピンチなのに変わりはないんだし……」


 トモエに言われたことで、リコウ、エイセイ、シフの三人は、ようやくトウケンの言葉に耳を傾ける気になった。

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