第8話 竜巻鯨と空飛ぶ鮫
一行は、トウケンのアドバイスの通りに進路を南西に取って進み出した。敵は南東方向に兵力を集中させていたため、こちらの進路はほぼ無防備に近く、無駄な戦闘を行わずに進み続けることができた。
「明日にはセイ国とエン州の国境に辿り着くのだ」
夜、トウケンは仕留めた鹿を捌きながら言った。
「後はファン河を渡ればセイ国なのだ」
「ファン河?」
「知らないのだ? エン国とセイ国の間に流れる大きな川なのだ」
北辺の人間やエルフたちは、エン州やギ国以外の国々に関して詳しくはない。対するトウケンは、どうやらエン州の周辺の地理にも明るいようであった。
――彼は、信頼のおける相手だ。
そうトモエは判断した。元々こちらには情報が少ないし、その上敵の懐の中にいるのである。このトウケンは貴重な情報提供者だ。今は、彼に頼るべきだ――
明くる朝、トモエたち一行は出発した。暫く歩くと、目の前に何か妙なものが見えた。
「あれ……何だ……?」
それは、空気の渦のようであった。風が渦を巻き、天まで立ち昇っている。
「もしかしてあれ……竜巻なのだ!」
そう、それは竜巻であった。高速で渦を巻く上昇気流である。それにしても、大きな竜巻だ。
竜巻は危険であり、避けて通行しなければならない。どの辺りで竜巻が発生しているのか、よく見極める必要がある。トモエたちは慎重に、南へ進んで竜巻の方へ近づいていった。
ファン河は、トモエたちの想像していたものよりずっと大きかった、川幅でいえば、エルフの森を流れるあの川よりもあるだろう。竜巻は、その川の中腹辺りから巻き上がっていた。正面には港と思しき場所があり、そこには木造船も繋がれていたが、外に人は立っていなかった。
「あそこに行けば、もっと詳しく見られるかも」
シフが東の方を指差した。そこには小高い丘がある。そこからなら、竜巻の発生地点を詳しく観察できそうだ。
一行が丘に登っている間も、竜巻は川の中腹から動かなかった。近くから見てみると、竜巻は思っていたより大規模なものであった。それが川の中腹で留まったまま吹き荒れ続けているというのは、どうもおかしな状況である。竜巻というものを伝聞でしか知らないトモエ以下四人はともかく、トウケンは竜巻を眺めながら首を
「あっ……竜巻の下に大きな生き物がいる……」
最初に気づいたのは、やはりシフであった。よーく目を凝らしてみて、正体に気づいたのはトモエであった。
「あれ……クジラ……」
「え……クジラって……あの砦の図鑑で見た……?」
リコウがトモエの言葉に反応した。トモエ、リコウ、シフ、エイセイの四人は海を見たことがない。ヤタハン砦に蔵書されていた図鑑を読んで初めて、
――海には、クジラという巨大な生き物がいるのだ。
ということを知った。
トモエがよく目を凝らして見てみると、確かに竜巻の直下の水中に、前世で見たことのあるクジラにそっくりな姿をした巨大な生物の姿があった。
「あれは……
トウケンが、突然叫んだ。
「
トウケン以外の四人の声が揃った。そんな生物の名前を知っているのは、この場にトウケンしかいなかったのだ。
「皆は魔獣のことは知ってるのだ?」
「まぁ……あたしたち陸鮫なら前に戦ったことあるけど……」
陸鮫。ここに来るまでに三度も戦った相手だ。その巨体と突進力、そして有り余るタフネスが厄介極まりない相手である。あれと戦った後だと、拳の一撃で破壊できる傀儡兵が可愛く思えてくる。
「あの竜巻鯨も魔獣の一種なのだ。体内の魔石に宿した魔力を使って竜巻を起こす、ほんっとうに面倒な
そうトウケンが言いかけた時、竜巻から、何かが飛んできた。
それは……一匹の、大きなサメであった。
「サメ!? またこんな時に!」
トモエは飛んでくるサメの方を向いて構えを取った。
「はあっ! 必殺!」
トモエに向かって、大口を開けながら一直線に向かってくるサメ。トモエはそれに噛まれる寸前、頬に向かってハイキックを食らわせたのだ。やわな骨しか持たないサメは、遠くの地面に落下するとそのまま動かなくなった。
竜巻に巻き上げられたサメが飛んでくる。前代未聞の体験であった。
「今度は
「
聞き返したトモエに、トウケンは頷いた。
そうしている内に、大口を開けたサメがまた竜巻から飛んできた。
「しつこい!」
トモエはまたしても、ハイキックでサメを蹴飛ばした。サメが竜巻から飛んでくるのは確かに前代未聞ではあるが、一直線に飛来するだけなら対処には労しない。
けれども、今度は三匹、まとめて飛んできた。
「そうなのだ……竜巻鯨がいるなら、飛行鮫も一緒にいる……考えれば当然のことなのだ……」
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