第54話 四人対九万
「魔術攻撃!? 何処から!?」
「あの丘の上だ! 報告にあったエルフだぞ!」
「床弩を使え!」
魔族の武官たちは、口々に叫んだ。床弩を牽引した一部隊が、丘の方にその矢先を向けた。
「……敵の注意がこっちに向いた」
「上手くいったね」
ここまで、二人の計算通りであった。シフとエイセイの二人による魔術攻撃は、敵に痛撃を与えるためではない。トモエとリコウが敵に肉薄するための時間稼ぎと注意逸らしである。敵の戦力の一部がこちらの対処に回ってくれるのは寧ろ好都合であった。
とはいえ、床弩に狙われるのが危険なのは、二人もよく理解していた。
弦が
「そろそろ逃げるよ、エイセイ」
「うん」
シフはエイセイの手を引いて、丘を駆け下りた。投石機同様、床弩も連射はあまり利かない。すぐに追撃されることはなかったが、しかし気は抜けない。トモエとリコウの後ろに回り込むような進路で、このエルフの姉弟は走り続けた。
エイセイの長距離攻撃によって投石機と床弩がいくつか破壊されたことで、トモエとリコウに向かう攻撃の手は緩まった。二人はこの好機を逃さなかった。
「あたしが接近戦しかできないと思ったら、大間違いなんだから!」
トモエは地面に刺さった床弩の矢を引き抜いた。本当に、槍と同じような大きさだ。こんなものが当たったらと思うと末恐ろしい。
トモエは大きく振りかぶると、投げ槍の要領で矢を投擲した。天を刺し貫くように飛び上がったそれは、放物線を描いて敵陣に落下した。物凄い強肩だ。
「な、投げ返してきたぞ!」
「怯むな! 射撃を続けろ!」
トモエの投げ返した矢は何に当たるでもなく地面に刺さったが、彼女の想定外の行動は魔族の武官を驚愕させた。
「ここままじゃ来るぞ!」
「弩兵を出せ!」
弩を携えた傀儡兵が前へ出てきた。もう、さんざん見てきた光景である。弩の引き金が引かれ、矢弾の斉射がトモエとリコウに襲い掛かる。トモエは走りながらこれを避け、リコウは盾で顔を守りつつ、魔導鎧で矢を弾きながら尚も前進を続けた。
そうしてとうとう、二人は敵に肉薄することができた。
「覚悟しなさい!」
トモエの拳が振るわれる。荒れ狂う暴風のように、彼女は敵を破壊していく。接近を許したが最後、もう彼女を止められるものはなかった。短兵や槍兵が弩兵を守るために繰り出してきたが、同じことである。
とうとう、重装歩兵が前に出てきた。魔導鎧をまとい、大盾に身を隠しながら槍を突き出し前進する様は、まるで壁が迫ってくるかのような圧迫感を感じさせる。
「うえっ……こいつらかよ……」
リコウが
「またあんたたちね。どんなに硬くっても無駄よ!」
苦い表情のリコウを尻目に、トモエは口角を吊り上げて笑いながら敵陣に飛び込んでいった。
トモエにとって、重装歩兵は初見の相手ではない。鎧や盾が砕けなくても、中の木人形は砕けるということをトモエは知っているのだ。事実、この重装歩兵部隊もトモエを仕留めることはできずに、一体一体砕かれていった。
とはいえ、重装備のこの兵たちが厄介であることに変わりはない。事実、足止めとしてであればこの重装歩兵部隊は十分に役に立っていた。軽装の歩兵たちが側面に回り込み、三方向から圧迫する形をとってきたのだ。
「ええい、面倒臭い!」
言葉の通り、流石のトモエも面倒になってきた。長い黒髪を振り乱しながら、嵐のように敵を吹き飛ばし続けた。
「こ、これだけの軍でも駄目なのか……」
この軍の司令官は、兵を薙ぎ倒しながら少しずつ近づいてくる相手にすっかり恐れを為していた。
「どうする……援軍を呼ぶべきか……」
司令官がそう呟いたまさにその時、自分の額に矢が刺さった。
「……え?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。自分が矢で射られたことを理解するまでに、少しばかり時間を要した。
「よく分からないけど、あれがこの軍の大将かな……」
額を射抜いたのは勿論、リコウその人であった。四人の中で矢を扱うのはこの少年しかいない。
結局、この軍はトモエたち一行を止めることはできなかった。しかし、その足を鈍らせる働きは十分果たせたと言える。
「さて、キキョウ」
「はっ、こちらに」
エン国北辺の地、ホクヘイに陣を張ったガクキは、帷幕の中でキキョウという将を呼んだ。鎧をまとった金髪の女が、ガクキの前で拱手の礼を取った。この女こそ、キキョウである。
「キミに歩兵五千と戦車七十台を授けよう。ヤタハン砦を攻略してきてくれないかな」
「仰せのままに」
ヤタハン砦。トモエとリコウの活躍によって人間側に奪われた、エン国の前線基地である。エルフの森侵攻やその後のゴブリン騒動、そして国王戦死などでヤタハン砦は放置され、誰も顧みる者はなかった。だが、ガクキはそのヤタハン砦に目をつけたのであった。
「ついでに、もし占領が済んだら、捕虜を取ってほしい。邪道だけどもね」
ガクキは秀麗な顔に陰険そうな笑みを浮かべながら、キキョウに命じたのであった。
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