第55話 偽の太陽
総大将ガクキの命を受けて、キキョウを大将とする歩兵五千と戦車七十台の軍がヤタハン砦を目指して北上した。
これはただの感情的な報復行動ではなかった。国王を殺した者が人間であることはすでに軍中に知れ渡っている。北へ向かって人間たちを攻撃する軍を見せればそちらに吸い寄せられてくれるかも知れないし、砦を襲って捕虜を得れば敵に揺さぶりをかけることもできる。ヤタハン砦は最新の技術で作られた砦であるが、規模自体はさほど大きなものではないから、詰めている兵も多くはないはずである。
そのようなことなど露ほども知らないトモエたちは、北上を続けていた。エン国と人間たちの領域を隔てる山岳地帯が遠方に見える。彼らは道を急いだ。
四人を、「千里眼」の力を使って、遠巻きに眺める者がいた。
その者こそ、エン国大司馬のガクキである。彼は見晴らしのよい丘の上に立ち、じっとその様子を眺めていた。鎧は身に着けておらず、黄色い戦闘服を身に着けている。
「あの数の軍をたった四人で突破してくるとはね……侮れない相手だ」
魔鉱石の装飾が施された威斗を静かに振り上げるガクキ。その所作は傍の幕僚たちが見惚れてしまう程に美しい。
「我が魔術よ、敵を滅ぼせ。陽の魔術、
威斗が振り下ろされるとともに、空の雲がかき分けられるように割れ、青空が広がり始めた。そしてその上に、青白い光を放つ、丸くて大きな太陽が現れた。
「どんなに拳を振るおうとも、僕の
その太陽が、より強く光り輝いた。そして、そこから青い光線が、地に向けて放たれた。
光線は、トモエたちの進路に待ち構えるかのように降ってきた。眩いばかりに輝くその光線は、まるで大樹のように太かった。四人はすんでの所で立ち止まり、光線に飛び込むことはなかったのだが、あんなものに呑み込まれたら一瞬で消滅させられてしまいそうだ。
「ラスボス登場、ってわけね……」
敵の姿こそ見えないものの、トモエはこの先に強敵が待ち構えていることを察知した。こんな強烈な魔術を使うのだ。あのエン国王カイと比べても遜色ない程の魔族であろう。
「シフちゃん、エイセイくん、この攻撃の出所にこっちから攻撃できる?」
トモエは後ろのエルフ姉弟の方を振り返って尋ねた。
「ごめんなさい、出所は分からない……」
答えたシフは申し訳なさそうな顔をしている。エイセイのように術者の居場所から攻撃がそのまま飛んでくるようなものであれば、「千里眼」の力で出所を特定することができる。けれども今のように上空からいきなり降ってくるような攻撃では、術者がどこにいるのか分からないのは当然だ。そういった意味でも、この魔術攻撃は非常に厄介であった。真正面から勝負を挑んできたエン国王カイの方が、まだ御しやすかったかも知れない。
「でも、敵はこっちのこと狙って撃ってきてたよな。敵からはこっちが見えてるってことじゃないか」
「敵からはこっちが見えてて、こっちからは敵が見えない……厄介ね」
「……あ、もしかしたら分かるかも」
シフが、何かひらめいたようである。
「あの太陽に魔力を供給しないと、光線は撃てないはずだよ。シフならその魔力の流れを観察して敵の居場所を突き止められるかも」
「そうか、そうと決まれば!」
シフは青白い太陽をじっと眺めた。普通の太陽であれば直視すれば目を傷めてしまうが、この太陽はそうではないようだ。偽物の太陽、ということである。
「分かった、あそこだ」
シフが指差したのは、正面やや左に見える丘の上であった。こちらを捕捉している以上、見晴らしの良い場所にいるだろうというのはシフにも何となく予想はついていた。
「よし、じゃあ早速行こうぜ」
「……いや、待ってリコウ。四人で固まって近づこうとしたら、敵に感づかれて逃げられるかも知れない。隠れられて光線を撃たれたら厄介だ」
「あー……確かにエイセイの言う通りかぁ……」
「……敵はシフの能力については詳しくないはずだ。魔力の流れを読めることだって、敵には知られてない……と思う。ボクにいい考えがある」
エイセイの話の後、四人はガクキのいる方向ではなく、大きく左側に迂回するように走り出した。
「奴ら、僕を探しにきたね? でもあの様子じゃあ見つかってないみたいだ」
彼はシフによってすでに居場所を特定されたことに気づいていないようだ。ガクキは緩やかな動きでトモエたち四人の方へ威斗を向けた。
「僕の
ガクキは青白い偽太陽へと魔力を送り込む。青白い太陽は強く光り輝き、そこから地上に向かって再び光線が放たれた。
「うわっ、撃ってきた!」
光線は、またしても前を走るトモエとリコウの進行方向に待ち構えるかのように上空から落ちてきた。二人は急停止したことで、何とか命中せずに済んだ。
エイセイの魔術がそうであるように、遠距離に投射できる攻撃魔術というのはあまり連射が利かない傾向にある。この偽太陽から放たれる光線も、発射間隔にはそこそこ開きがあるように見えた。
「これなら近づけそうかも」
「いや……待ってトモエさん」
リコウが前を指差した。そこには、槍と盾を構えた傀儡兵たちの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます