第53話 ガクキ軍の猛追
トモエたち一行の追撃軍を編成したガクキは、北と西へ通じるルートの封鎖を全地方軍へ通達した。考えられる敵の逃走ルートは、エルフの森へ通じる西への道と、人間たちの勢力圏がある北へのルートの二通りだ。だから、そこを塞ぐのは常道と言える。
地方軍だけでは足りないと考えたガクキは三万の軍をガクジョウに預けてダイトの留守を守らせ、自分は九万の軍隊を三つに分けて街道を北上した。国王を殺すような相手である。少したりとも、気を抜くことはできなかった。
この九万の軍は部隊を細かく分けられて引き伸ばされ、北から西に向けての範囲に陣取って守りを固めた。何処かの部隊が接敵した場合、すぐさま他の部隊が即応して包囲を組むように通達もしてある。
「さぁ、網にかかってきなよ」
野営陣地の中で、ガクキは鋭い視線を南に向けていた。
その頃、トモエたちは尚も北を目指していた。警戒網は以前にも増して厳重になっている。戦いを避けるために、遠回りになってしまうことを承知で一行は道なき道を歩んでいた。
薄曇りの日であった。一行は小川の近くで休憩を取り、体の疲れを癒していた。
「ああ、気持ちいい……」
透き通る清水を、トモエは両手で掬って飲んだ。それだけでは足りずに、彼女はそれを顔にかけて洗顔した。冷たい水に、彼女は心身が洗われた気分になった。
「トモエさん!」
そこに、リコウが走ってきた。彼は少し離れた場所で、周囲の警戒に当たっていた。
「ん? どうした? リコウくん」
「あっちにまた人のいない村があります。また食糧が手に入るかも……」
「うーん……敵と会っちゃう可能性もあるけど……でも食べ物ないとどうしようもないよね……行こうか」
「……ボクも賛成だ」
「シフもそれがいいかな」
満場一致で、リコウの提案に乗ることとなった。四人は敵兵以上に、飢えを恐れていた。とにかく、目的地にたどり着くまでの食糧がなければどうしようもない。
一行はそのまま村に入った。確かに、
「ない……」
倉庫の中身は空であった。前のように申し訳程度にでも残っていればよかったが、それもない。トモエの腹が、まるで彼女の失望を代弁するかのように鳴り出した。
がっくり肩を落としたトモエが地上に降りたその時、
背後で、轟音が鳴り響いた。びっくり仰天したトモエが振り返ると、倉庫の屋根に大穴が空いていた。
「まさか、また敵襲?」
矢による攻撃では、こうはならない。もっと大型の投射兵器を持った敵が襲ってきていることは明白であった。
「投石機だ!」
叫んだのはリコウであった。彼が指差す方角を見ると、遠方に何かが並んでいるのが分かる。
倉庫の屋根をぶち破ったものの正体は、岩石であった。振ってきた岩石はこれだけではない。遠方に並べられたもの――恐らく投石機に違いないであろう――からは、次々と岩石が投げ込まれてくる。
岩石の雨の中、トモエたちは走り出した。目的は勿論、投石機を破壊するためである。攻撃の出所を押さえて無力化しない限り、トモエたちは危険に晒され続けることとなる。
基本的に、投石機の連射能力はたかが知れている。だから、そうそう当たるものではない。
「うわっ! 今度は何だ!?」
リコウの横を、何か大きな棒のようなものが通り過ぎていった。それは立て続けに二つ、三つと飛来してきた。よく見てみると、それはまるで槍のように大きな矢であった。
「もしかして、床弩まで使ってきたのか」
床弩は本来攻城用の大型兵器である。たった四人の敵を始末するために使うようなものではない。床弩まで持ち出してきたことを考えると、敵はいよいよなりふり構わなくなってきたように感じられる。
「全く……無粋な相手ね。拳一本で勝負してほしい所よね」
トモエはそうぼやきながら、敵目指して走った。敵からすれば、寧ろトモエと直接近接戦闘など行いたくはないだろう。大型の投射兵器で遠距離から攻撃してくるのは、戦術としては理に適っていると言える。
シフとエイセイの二人は、トモエとリコウの後について走り出すことなく、見晴らしのよい小高い丘に昇っていた。ここからなら、敵の陣容がよく分かる。
敵の兵力は、確認できる範囲で三千以上であった。加えてこの軍は投石機と床弩をずらりと並べている。四人を相手にするには明らかに過剰な装備であった。歩兵も魔導鎧と大盾で身を固めた重装歩兵の割合が多い。完全に足止めに特化した陣容である。
「それじゃあ、始めるよ」
シフの右手が、エイセイの左肩に置かれる。「千里眼」の力を使ったシフは、視覚情報をエイセイに流し込み始めた。
「食らえ。闇の魔術、
黒い球体が、丘の上から投射された。それは敵の投石機に正確に着弾して爆発を起こし、周囲の兵を巻き込みながら投石機を破壊してしまった。後にはただ、焼け焦げた木片のみが残されていた。傀儡兵と投石機の残骸である。目には目を、遠距離攻撃には遠距離攻撃を、だ。
「もう一度行こう。
エイセイが、右腕を振り上げ掌を上に向ける。腕を振り落とすと、その上に形成された黒い球体が、放物線を描いて敵陣へと向かっていった。
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