第52話 エン国の動乱

「ガクキ将軍!」

 兵を連れて入城したガクキを、ダイトの文武百官たちが恭しく出迎えた。国王が戦死したのみならず、丞相カクカイもまた彼らに倒され、御史大夫スウエンは行方知れずになってしまった。今、この国で最も高い位にあるのは大司馬のガクキであり、ダイトの者たちは皆このガクキの指示一つで動く気でいた。

 官吏の世界において、指揮命令系統をはっきりさせることは非常に重要である。国君という大きな頭を失ったエン国の官界は混乱を来している。すぐにトモエたちを追撃できなかったのには、そうしたことも背景にあった。


 エン国王カイには子がなかった。故に、彼が封国されたエン国は、そのまま大魔皇帝の鎮座するシン国の直轄地となる決まりであった。とはいえ、それで何かが大きく変わるというわけではなかった。というのも、エン国の旧領はそのままエン州と改名され、ガクキはエン州の州刺史しゅうしし(州の長官)としてシン国中央より直々に任命されたからである。

 拝命の際には、本来、シン国の国都カンヨウに出向かねばならなかった。しかし、ガクキは、

「今は賊の鎮討が最優先と考えます。ダイトに留まり討伐軍の指揮を執りたく存じます」

 と上奏し、許された。刺史の印を授ける場が設けられなかったので、臨時の措置として、ガクキはエン国大司馬および上将軍としてトモエたち一行の討伐に当たることとなったのであった。




 トモエたちはそのまま北上し、ギョヨウ近郊の農村へ至った。あのゾートが荒らし回った土地だけあって、耕作地は踏み荒らされ、あちらこちらの建物は壊れており、官吏や傀儡兵の姿は見えなかった。ただ、トモエたちはこの地がゴブリンに荒らされたということを知らない。

 やはりというべきか、エン国内の警戒度合いは上がっているようだ。街道は兵によって塞がれており、見つかったらすぐに援軍を呼ばれそうであった。ダイトでどさくさに紛れて宮殿から持ち出した干飯や干し肉などの食糧はもう底を突いており、ここらでそろそろ食糧を確保しないと飢えてしまいそうだ。

「お腹が空いて力が出ない~」

「トモエさんしっかりしてください。ほら、食べ物探しますよ」

 一行は廃村同然のこの場所で、ひたすら食糧を探していた。こういう場所には、大概食糧庫があって、不作や戦などに備えているはずである。

 探してみると、村の中央から少し南寄りの場所に、高床の倉庫があった。トモエはそこによじ登って中を漁ってみた。

「あー……これだけか……まぁ何もないよりマシかな」

 中に蓄えられていた食糧は、僅かなものであった。翌日分まであるかどうかといった所であろう。

 トモエは他の三人にも干飯や干し肉を分け、残った分を自分の持ってきた袋に入れた。

「さて、もう他にはなさそうかな……」

 もう、この土地は用済みだろう。さっさと立ち去った方がいい。そう思ったトモエが北に目を向けた、その時であった。

 

 北の方から、傀儡兵の集団が、こちらへ近づいていた。その赤い石の目が、トモエの方を向いている。


「敵襲!」

 トモエが叫んだ。リコウ、シフ、エイセイも、それを聞いて一気に体を強張らせた。

 傀儡兵は、こちらに向かって走ってきた。やがて、弩兵がしゃがみ込んで、その引き金を引いた。トモエたちは建物の影に隠れ、矢をやり過ごした。

「こんな所で……暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」

 エイセイのお馴染みの魔術攻撃が、敵兵に炸裂した。前に出てきた弩兵が、まとめて粉みじんに吹き飛んだ。鮮やかな一撃だ。

 だが、まだ敵は多い。今度は短兵と槍兵が前に出てくる。弩の斉射から始め、その後で槍や剣を手にした兵を斬り込ませてくるのは彼らの常套手段だ。

「オレが敵を減らす! あとはトモエさんお願い!」

「お安い御用ね」

 リコウの矢が、敵兵を狙い撃つ。何体かは射抜くことができたが、その間にも敵は肉薄してくる。

「このまま北まで切り抜けるよ! 皆ついてきて!」

 叫びながら、トモエは目の前の傀儡兵を蹴飛ばした。蹴られた傀儡兵が後方の傀儡兵にぶつかり。さながら将棋倒しのように次々と後ろの敵兵が倒れていく。

 リコウも剣を抜き、敵と切り結び始めた。トモエとリコウが前列の敵を倒していき、シフがサポートしながらエイセイが敵後方に火力を投射していく。そうして、敵を切り崩していった。


 一行が敵陣を突破して北へ抜けたのは日が傾きかけた頃であった。傀儡兵相手の戦いはもう流石に手慣れたものであったが、それでも気を抜くことはなかった。敵はいつもこちらより多い数で着実に潰しにくる。今の敵は、ざっくり百体以上はいたであろう。これでも少ない方である。恐らくは地方軍の一部隊であろう。これと交戦したということは、大軍を呼ばれる可能性が跳ね上がったということだ。


 街道から外れた山の中、その洞窟に、四人は身を隠した。ここならそう易々とは敵に見つからないであろう。勿論蛸壺のようにずっとここに潜んでいるわけにはいかないから、あくまで一時的な避難である。

 国王を、打ち倒した。けれどもそれで終わりではない。帰るべき場所へ、帰らなければならない。

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