第45話 カクカイの魔術破れたり!

「あんたのインチキ魔術、見破った!」

 トモエは、まるで勝利宣言のように叫んだ。それを聞いたカクカイの眉根に皺が寄っている。

「ほう、インチキと。言ってくれますね」

 明らかに、カクカイは不快だというような表情をしている。自慢の魔術をインチキ呼ばわりされればそうもなろう。

 トモエは一気にカクカイとの距離を詰めた。カクカイはその場から動かず、威斗を振り下ろした。あの水魔術だ。

水流斬撃アクアカッター!」

「そんなものっ!」

 カクカイの振り下ろした威斗の先端から、細く圧縮された水が矢のように放たれる。トモエは威斗の動きで射線を読み、それを回避してカクカイに肉薄した。一打必殺の拳が振るわれる。

「無駄です。そのような攻撃など……」

 カクカイは余裕綽々しゃくしゃくの表情であった。

 そう。その拳が、彼の鳩尾みぞおちに打ち込まれるまでは……

「がはっ……」

 後方に大きく仰け反ったカクカイは、口から血を垂れながら、悔しさで歯を食いしばっている。

「わたしの平和主義者の護法ガード・スケイルは完璧のはず……」

 絶対の自信を持っていた魔術が破られた。そのことが、この魔族を大きく打ちのめしているようであった。


 この攻撃の前にシフがトモエにした耳打ちは、このような内容であった。

「相手の体の左側を抜けちゃうように拳を打ってみて」

 シフは多くを語らなかったが、トモエは彼女の言う通りにした。胴体に当てるように殴るのではなく、左側を拳が通り抜けるように、つまり敢えて攻撃を外す軌道で拳を繰り出したのである。

「シフちゃん、ありがとう」

 トモエはシフの方を振り向くと、笑貌を浮かべながら親指を立てた。

「やっぱり……シフの思った通りだった」

 視覚とは、光を感知する能力である。カクカイは魔術をかけた者の体が反射する光を微妙にずらすことで敵の目を惑わしているのだ。

 シフは、カクカイがどのように光の反射をずらしているのかも把握した。これは、リコウとエイセイの攻撃がヒントになってくれた。二人が攻撃を仕掛けた時、その攻撃はを通り抜けたのだ。それを、シフは見逃さなかった。

「実はあんたの見た目、中々気に入ってたんだけどね。可愛いし」

「人間に褒められた所で嬉しくはありませんね……」

 カクカイはふらふらと覚束ない足取りで立ち上がった。

「……何はともあれ、そちらを殿下の所へ向かわせるわけにはいきません……傀儡兵!」

 声とともに、階上から傀儡兵たちがぞろぞろと現れた。屋内だからか、その構成は短兵が殆どだ。この場所は屋内といえども広く、長兵でも不都合はないはずだが、小回り重視ということだろうか。

「逃がさない!」

 トモエの目は、傀儡兵ではなくカクカイの方を向いていた。トモエは跳躍すると、一体の傀儡兵の頭を踏みつけて踏み台とし、さらに高く跳び上がった。

「覚悟!」

 トモエの蹴りが、カクカイに炸裂した。頭蓋骨の砕ける音が鳴り響き、カクカイは仰向けに斃れ臥した。今度こそこの男は完全に息の根を止められた。

「殺せ!」

「侵入者を通すな!」

 武官たちが、階上の上から矢を射かけてきた。それに合わせて、傀儡兵が向かってくる。エイセイは後ろに引っ込み、シフが光障壁バリアを張って矢を防ぎ、リコウが魔導鎧で矢を弾きながらこちらも弓射で反撃した。

「闇の魔術、暗黒雷電ダークサンダーボルト!」

 エイセイの闇魔術が、傀儡兵たちに向けて放たれた。幾筋もの稲妻が、頭上から敵兵たちを襲う。黒く焦げた木人形が、次々と武器を取り落としその場に臥せった。

「はああああっ!」

 そこに、トモエが斬り込んでいった。勢いに乗ったトモエは恐ろしい。殆ど抵抗の隙を与えないまま、拳を打ち込み、蹴りを食らわせる。

「重装歩兵部隊、前へ」

 武官の一人が言い放つ。すると、揺れる鎧がかねの音を鳴らしながら、後方から傀儡兵の一隊が繰り出した。傀儡兵たちは皆、リコウの物と同じような魔導鎧を着込み、槍と大きな盾を構えて密集隊列を組んでいた。

 魔導鎧は確かに装備品としては強力であるが、単価が高く、加えてその重量は傀儡兵の球体間接に負担をかけて摩耗を促進させ、部品の交換頻度を高めてしまう。そのため魔導鎧を着せた重装歩兵部隊は、国都やその周囲に配備されるのみである。いざという時のための虎の子の部隊なのだ。

「あれだけ密集してりゃ!」

 リコウが隊列に向かって矢を引き絞り放った。矢は隊列を組む歩兵の一体に命中したが、「硬化」が施された魔導鎧には、リコウの強弓も通用しなかった。矢は乾いた音とともに鎧の甲片に弾かれ、宙を舞って地面に落下した。

「貫いたりできないなら……殴ってやればいいのよ!」

 トモエは重武装の歩兵に対しても、臆することなく突撃していった。重装歩兵は防御力こそ高いが、鈍重で小回りはあまり利かない。槍で迎撃しようとする傀儡兵の頭部を、トモエは拳で打った。木の砕ける音がして、傀儡兵は俯せに倒れた。

「重装歩兵でも駄目なのか……」

 頭部を破壊され、胴体を鎧越しに砕かれて打ちのめされてゆく重装歩兵たちを見て、後方の武官は青い顔をしていた。

 ――もう、自分たちの手に負える相手ではない。

 武官たちがそう感じ始めた時、背後から声が響いた。

「そいつらの首を挙げた者を侯に封じてやろうと思ったが……やめだ。カイがやる」

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