第41話 衛尉シンブヨウ

 トモエたちにとって良かったことは、投石機や床弩などの大型兵器の相手をする必要がなく、専ら相手が傀儡兵のみであったことである。流石のトモエも大型の遠距離攻撃兵器による飽和攻撃には対処のしようがない。こちら側の長距離攻撃手段はエイセイの「暗黒重榴弾ダークハンドグレネード」のみであるが、連射はそれ程利かず、飽和攻撃には対処できないであろう。

 

 とうとう、トモエたちは宮殿の前に至った。宮殿を前にしたトモエは、

「中国の宮殿っぽい」

 という感想を抱いた。あの有名な北京の紫禁城よりは大分古めかしそうである。三国志とか、春秋戦国時代のようなもっと古い時代の中国に出てきそうな見た目だ。そういえば、街並みも何処か古代中国のような雰囲気であった。

 遠目から見ていた時の印象と比べると、宮殿は想像以上に大きく、荘厳な出で立ちであった。恐らく国王はここにおり、今からこれを攻略するのである。何だか、中国の皇帝が出てきそうな雰囲気だ。

 騒動は宮殿内にも流石に伝わっているようで、宮殿の外側を守る外壁の城門は固く閉ざされていた。

「まず外壁を破壊しよう。暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」

 エイセイの「暗黒重榴弾ダークハンドグレネード」が放たれる。放物線を描きながら飛ぶそれは宮殿を守る城壁にぶつかると、凄まじい爆音を立てた。立派な壁もこの攻撃の前には耐えられず、着弾した部分が崩落してしまった。

 四人は城壁が崩れた部分より侵入した。その目の前には傀儡兵がずらりと並んでいる。だが四人は止まらない。竜巻が家屋を吹き飛ばすような勢いで、立ちはだかる敵兵を蹴散らしながら進んでいく。

「お前たち、そこまでだ」

 傀儡兵を引き連れて、一人の魔族が現れた。黄色い鎧に身を包んだ男だ。

「私は衛尉えいいのシンブヨウである。いざ尋常に勝負!」

 シンブヨウと名乗った魔族は、手に持っている威斗を構えた。衛尉というのは宮殿の門の守衛部隊を統括する司令官であり、スウエンの御史大夫やガクキの大司馬には劣るものの高位の官職である。

「こいつ……中々強そうかな……」

 トモエの体に緊張が走る。シンブヨウが威斗を構えるのに合わせて、トモエも拳を固く握りしめて構えを取った。

「三人は傀儡兵をお願い。こいつはあたしが相手する」

「ほざけ! の魔術、火葬塔デッドリィ・フレイムタワー!」

 シンブヨウが威斗を振り下ろすと、彼の目の前に一本の炎の柱が出現した。その柱は、ばちばちと爆ぜる音を立てながらトモエの方に向かってきた。

「そんな単調な攻撃!」

 炎の向かってくる速度はそれ程速くない。加えてそれはただ真っ直ぐ進んでくるだけだ。トモエは右に踏み込んで炎の柱の進路を避け、そのままシンブヨウに接近しようとした。

「――馬鹿め。俺の攻撃がそんなに単純と思ったか?」

 陽炎を揺らめかせながら立ち上る炎。それが、。まるでトモエの目の前に立ちはだかるかのように、右に曲がったのである。

「なっ……!」

 トモエはすんでの所で踏み止まり、バックステップで距離を取った。危うく炎の柱の中に飛び込んでしまう所であった。

 ――厄介な魔術攻撃だ。

「この炎の柱は何処までもお前を追いかけ確実に焼き殺す。観念するんだな」

「へぇ……そう。なら……」

 トモエは、再び走り出した。シンブヨウとの距離を詰めにかかったのである。当然、炎の柱はトモエを待ち構えるかのように正面に動いた。

「飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。焼け死ね!」

 シンブヨウは勝利を確信した。目の前の女が傀儡兵の残骸を築いてきた恐ろしい敵であることは理解していたが、所詮は人間である。魔族である自分が負けるはずはない。そう信じていた。

 しかし、トモエが炎に巻かれることはなかった。トモエは半円を描くように走って炎の柱を避け、そのままシンブヨウの背後に回り込んだのだ。

「何だと!?」

 慌てたシンブヨウが、回り込んできたトモエの方を向いた。

「ちょろちょろとすばしこい奴だ……」

「お姉さん親切だから教えてあげるけど、自分が出した炎の方を気にした方がいいんじゃない?」

 トモエに言われて、シンブヨウはした。今、自分は炎の柱と敵の女に挟まれるような立ち位置にいる。炎の柱が真っ直ぐ敵の女を追尾しているということは……

 それに気がついた時、炎の柱はシンブヨウのすぐそこまで迫ってきていた。シンブヨウは慌てて自分の発動した魔術を解除し、炎の柱を消してしまった。もう少しで、自分が焼かれてしまう所であった。流石に自分の魔術で自滅するのは洒落にならない。恥も恥である。

「安心するのはまだ早いよっ!」

「何っ……!」

 炎を消したシンブヨウのすぐそばに、トモエが迫っていた。ほぼ一瞬で距離を詰めたのである。

光障壁バリア!」

「遅い!」

 シンブヨウは光障壁バリアを出して身を守ろうとしたが、遅かった。トモエの拳が、鎧で覆われた胴にめり込む。防御力を高められた魔導鎧は弩の矢も弾いてしまう程に硬いが、打撃の衝撃が鎧の内側に伝わってしまうのは防げない。シンブヨウは血を吐きながら後方に大きく吹き飛んだ。

「な……何だこいつは……衛尉のこの俺が負けるのか……?」

 シンブヨウはよろよろと立ち上がった。トモエの拳の威力は、シンブヨウにとっても想像以上であった。以前、御史大夫のスウエンからも、人間の女に殴られて内臓が潰れたなどと聞いたが、彼女の発言は決して誇張でも何でもないのだということを確認させられた。

「そうか……御史大夫の仰った人間の女というのはお前か……」

 シンブヨウは自分の胴に回復魔術を施しているが、完治には時間がかかる。トモエはすでにシンブヨウの目の前に立っていた。

「悪いけど、とどめはきっちし刺しておく主義なの」

「そうか……よもや人間に討たれるとはな」

 言い終わるとのほぼ同時に、トモエの一撃がお見舞いされた。重たい拳の一撃を打ち込まれたシンブヨウは、そのまま後方の城壁に激突し、動かなくなった。

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