第42話 スウエンとの再戦 その1

 その頃、侵入者のことで宮中は騒然としていた。護衛部隊の兵士を片っ端から投入しているが、敵を食い止めることはできていない。しかもそこに衛尉のシンカイが戦死したとの報告が下級武官から上がってきたものだから、宮中の緊張はいよいよ最高潮に達していた。そしてとうとう、

「王の玉体ぎょくたいを移すべきだ」

 との声が、廷臣から上がり始めた。要は国王を別の都市へ避難させ遷都すべきだ、という意見である。

 この侵入者が只者ではないことは、誰でも分かる。如何に国王が強大な存在とはいっても、万が一ということもある。一先ずダイトは捨て置いて、東の副都であるリョウトウに遷都して体勢を立て直し、改めてこの敵に対する討伐軍を派遣してはどうか……という旨の提案までなされた。

 だが、エン国王カイはこれを聞いてこう答えた。

「今このような状況下で国君が動けば、それこそダイトどころか国中の民に動揺を与える。このまま賊を迎え撃つ」

 普段は子どもじみた雰囲気の国王が、この時は毅然と言い放った。流石は国君、と廷臣たちに思わせるだけの威厳を放つ一言であった。

「しっ……しかし……賊はもう中庭に侵入しており、こちらに来るまで時間の問題かと……」

「奴らにこのエン国王カイの首は取らせない」

 カイは、怯えた目で訴える廷臣の意見を一蹴した。

「逃げたいのはお前たちの方じゃないのか? 行きたければ、リョウトウにでも何処にでも行け。セイ国やギ国に逃れるのもいい」

 国王に一睨みされた廷臣たちは、小刻みにぶるぶると首を横に振り、必死に否定の意を示した。今の国王には、有無を言わせぬ凄みがある。

「賊ども! 来い! このエン国王カイは逃げないぞ!」

 不埒な闖入者ちんにゅうしゃに聞かせるかのように、カイは甲高い声で吠えた。


 今のトモエは、純粋な暴力の化身であった。宮殿を守るために立ち塞がる敵兵を破壊していく様は、まさしく嵐のようであった。勿論、リコウやシフ、エイセイたちも敵と戦いながらそれに続いていく。

 そうしてとうとう、トモエたちは宮中に侵入したのであった。

「うわっ! 広い……こんな中が広い建物見たことない……」

 驚嘆したのは、先陣を切ったトモエであった。天井は見上げる程高く、内部は各所に煌びやかな装飾が施されていた。人間たちの粗末な建物とは大違いだ。これ程までに贅を尽くした宮殿を建造できるとは、改めて魔族というのは技術も文明も先進的なのだと思わされる。

 突然、一向に向かって矢が降ってきた。

光障壁バリア!」

 シフの張った光障壁バリアが、矢を全て防ぎ切った。発射された方を見ると、弩を持った傀儡兵たちが、奥の方へ引っ込んでいくのが見える。それと入れ替わるように出てきたのは、剣と盾を手にした短兵たちであった。

 もう、傀儡兵の相手など、トモエも、他の三人も手慣れたものであった。傀儡兵たちは一矢報いることさえできずに、次々と破壊されていったのであった。逃げて行った弩兵たちも、逃れることは叶わなかった。


 最後の傀儡兵がトモエの拳に打ち砕かれた後、一行は石造りの床の上を走り、そのまま奥を目指した。その目前には、幅の広い大階段があった。その先はさらに奥に続いているようであった。

ごんの魔術、拘束金輪キャッチング・リング!」

「危ない!」

 シフが、エイセイを突き飛ばした。そのシフの体を拘束するように、例の金輪が出現した。見覚えるある魔術攻撃である。そして、その魔術を繰り出した主が、階上から姿を見せた。

「ちぃ……遠距離攻撃を使えるアイツを先に封じておこうと思ったが……仕方ない」

「お、お前は!」

「ああ、リコウか。まだ生きていたのか」

 階段を降りて姿を現したのは、スウエンであった。

「シンブヨウをるとは……恐れ入ったわ」

 この時、リコウは疑問を抱いていた。最初に出会った時、スウエンは三人同時に「拘束金輪キャッチング・リング」で拘束した。ところが今回は一人だけを拘束したのである。彼女の口ぶりから、恐らくエイセイを封じにかかったに違いない。複数人を一度に拘束できるのなら、その方が良いに決まっている。反撃の可能性を潰してしまえるのだから。

 あの時、と、今。その状況の違いを、リコウは冷静に比較してみた。あの時は、三人が固まって立っていた。翻って今の自分たちの立ち位置はばらけている。

 ――そうか、そういうことか。

「エイセイ! オレから離れるように走れ! トモエさんはそのままスウエンを狙って!」

「……分かった。リコウ」

「うん、そうすればいいのね?」

 エイセイは左側に、リコウは右側に走り出した。そしてトモエは直進してスウエンとの距離を詰めにかかる。

「ええい、小癪な! 金の魔術、キャッチング……」

「させねぇ!」

 スウエンは羽扇を振るって「拘束金輪キャッチング・リング」を出そうとしたが、そこにリコウの放った矢が飛んできた。

「くっ……こうなったら……」

 咄嗟にスウエンは転移魔術を使った。スウエンの姿はその場から消えてしまい、当然、矢が命中することもなかった。

 リコウの見立ては当たっていた。「拘束金輪キャッチング・リング」を出現させるには、特定の方向に狙いを定めなければならない。拘束したい対象が一ヶ所に固まっていれば一度に拘束できるが、散らばっている場合はそうはいかないのだ。こういった所に、リコウの戦術眼の鋭さがある。

 確かに、リコウは「拘束金輪キャッチング・リング」の性質を見抜くことには成功した。しかしピンチはまだ続いている。スウエンは転移魔術で姿を消してしまっており、何処に転移したかは掴めていない。

「あれ、いなくなっちゃった?」

 今まさにスウエンに殴りかかろうとしていたトモエは、目前の敵が急に消えてしまったことで、戸惑いながら視線を振っている。さしものトモエも、目の前にいない相手を殴ることはできない。

拘束金輪キャッチング・リング!」

 声とともに、トモエの体を、金の輪が拘束した。

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