第38話 トモエと傀儡兵の共闘!?

 トモエたちが見た人影というのは、魔族の男と数体の傀儡兵であった。しかもその前には船が一艘浮かんでいる。

「これ……不意打ちして奪えって言ってるようなものなんじゃない?」

 物騒なことを口走ったのは、トモエである。実際、あの数が相手であれば可能であろう。

「確かに、トモエさんの言う通りかも知れない。魔族が相手なんだ。手段を選んじゃいられないだろ」

 リコウがすかさずトモエに賛意を示した。敵は強大な国家で、こちらはたったの四人なのである。効率を論じるならともかく、善悪で方法論を語っていて勝てる相手ではない。自分たちは今、戦争をしているのだ。

 トモエは首に布きれを巻いた。魔族は首の左右のどちらかに紋章のようなものが現れる。鎧を着ているリコウやローブで首回りがすっぽり覆われているシフとエイセイはともかく、トモエはそのままでは魔族でないとバレてしまう。近づくためには、できるだけ自分を魔族であると思わせた方が良い。エイセイの魔術で遠くから一気に殲滅することも考えたが、船が壊れてしまう可能性を考慮して却下され、トモエが一撃で決めに行くことにした。

「ここまで逃げれば……後は川渡ってしまえば大丈夫なはず……」

 魔族の男は、切迫した表情をしていた。耕作地における食糧庫の管理を担う小役人の彼は、自分の任地をゴブリンの大群に襲撃され、命からがらこの場所まで逃げおおせたのであった。同じ任地の同僚たちがどうなったかは全く分からず、不安なことこの上ない。

 下流側の方から、誰かが近づいてきているのを男は発見した。それがゴブリンではないことを知ると、ほっとして胸を撫で下ろした。

 男が発見したその人こそ、トモエである。

「気の毒だけど、悪く思わないでね」

 まるで悪役のような独り言を言いながら、トモエが魔族の男に近づいたその時のことである。

「ごっ……ゴブリン……!」

 突然、その男が北の方を向いて恐怖の表情を浮かべながら叫んだのだ。

 その叫び声に釣られてトモエが北の方を向くと、言葉通り、草をかき分ける音を立てながら林からゴブリンの群れが姿を現すのが見えた。その数はざっと百体以上はいるのではないかと思わされる。

「くっ、傀儡兵! やれ!」

 男の指令で、傀儡兵たちが武器を構えた。弩を構える兵が矢を射かけ、短兵がそこに斬り込んでいく。

「これ……どうしよう……」

 ゴブリンと魔族のどちらも、トモエたちにとっては敵である。その二者の敵同士が今、目の前で争っているのだ。

 トモエは視線を左右に振りながら戸惑っていたが、考える時間は与えられなかった。ゴブリンの一部が、棍棒を振り上げながらトモエの方に向かってきたのである。

「やっ! とうっ!」

 ゴブリンの胴に蹴りを入れ、後方の木まで吹っ飛ばした。後頭部を強打したゴブリンは、そのまま動かなくなった。その後ろから三体のゴブリンが棍棒を振るって襲ってくるが、そのような単調な攻撃がトモエに届くはずもない。彼らは瞬く間に拳を打ち込まれ吹っ飛ばされた。

「あたしの拳は全てを砕く!」

 トモエはここぞとばかりに決め台詞を吐いた。大した意味があるわけではない。格好つけたかっただけである。

 トモエと傀儡兵たちは、奇妙にも共闘の形を取っていた。連携するわけではなく別々に戦っているのだが、双方とも共通の敵――ゴブリンと相対しているのである。

傀儡兵は、弩兵二体と短兵四体で構成されている。たった六体で十倍以上のゴブリンに立ち向かっている傀儡兵たちは、次第に押され始めた。短兵が首を外され、弩兵が腕をもぎ取られる。一体に対してゴブリンは数匹がかりで、それこそ殺された仲間を踏み台にしながら接近して肉薄し取り付くのだ。

「トモエさん! オレも助けます!」

 剣を抜いたリコウが、横から参戦した。リコウの剣が振るわれ、ゴブリンの頭部が真っ二つに断ち割れる。一瞬、リコウの声に気を取られたゴブリンがいたが、そちらはトモエに腹を思い切り蹴られて吹き飛ばされた。

暗黒雷電ダークサンダーボルト!」

 駆けつけたのは、リコウだけではなかった。エイセイとシフも戦いに加わったのだ。黒い稲妻が後方のゴブリンたちの頭上に降り注ぎ、彼らを感電死させた。エイセイの闇魔術は、密集した敵の掃討に向いているのだ。 


 戦いが終わった頃にはもう傀儡兵は全体破壊されてしまっていたが、それらを率いていた魔族の小役人は無事であった。

「貴方がた、もしかして私をお助けくださったのでしょうか?」

 男が、トモエたちに尋ねてきた。口回りに髭を蓄えた、中年程の容貌の男である。魔族としては下っ端の部類だ。どうやらこの男はトモエたちが自分を助けてくれたと思い込んでいるようである。結果的にそのような形になったとはいえ、ゴブリンに襲い掛かられる前のトモエは、この男から船を奪う気でいたのだ。そう考えるとこの男の勘違いは滑稽なものがある。

「はい。凶暴な怪物に襲われているのを見て、放っておけなかったもので」

 取り敢えず、トモエは話を合わせることにした。なるべくぎりぎりまで疑われずにおいた方がいいだろう。

「そちらのお名前は存じ上げておりませんが、さる高名な方々なのでしょう。どう返礼して良いのやら……」

 トモエたちの容姿が若かったのと、凄まじい戦闘能力を発揮したのとで、四人は高位の魔族だと思われているようであった。

 ――この男、何か利用できるのではないか。

 四人全員が、同じような考えに至った。

「実はあたしたち船がなくて……同乗させていただけませんか」

「そのようなことでしたら、喜んで強力させていただきましょう」

 男は気の良さそうな笑みを浮かべながら、四人を船に乗せてくれた。

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