第37話 ゴブリン軍団の革命
「今だ。革命の時が来た」
エン国の北西の都市であるギョヨウ。その庁舎の
露台の上に立つ男はエン国の官吏ではない。いや、実際には官吏であった男である。
この男、ゾートは、エン国に仕える武官であった。しかしこの男は貪欲で、こっそり備品をセイ国の商人に横流しし、暴利を貪っていた。当然そんな悪事が長続きするはずもなく、そのことを他の武官に告発されてしまい、裁判によって死罪を言い渡された。エン国には
そうしたある日、彼は山道で朽ちた骨を見つけた。それは、かつて大学図書館の図鑑で見た、ゴブリンの骨とそっくりなものであった。こんなもの、見つけたってどうしようもない。そう思って一度は無視したものの、暫くして、彼の心に再び悪心が巣食った。
――こいつを使って、この国に一矢報いてやろう。
こうして、エン国の転覆を狙うテロリストが誕生したのである。
臣下の報告を受けたエン国王カイは、信じられないようなものを見る目つきで報告を上奏した侍臣の顔を見つめていた。
「ギョヨウをゴブリンどもが占拠……どういうことなんだ……数は分かっているか?」
「正確な数値は不明ですが、八十万以上とのことです」
それを聞いたカイは、目を怒らせた。よりにもよって絶滅した下等生物に自分の国の国土を侵されるとは思いもしなかった。これはあまりにも不名誉なことであり、看過のできないことであった。
「今すぐに集められる兵力は」
「歩兵十二万、戦車二千が限界と思われます……」
「それで構わない。ガクキ」
「はっ、こちらに」
カイに名を呼ばれた魔族が応えた。白い肌と深緑色のミドルヘアーをした、温麗な容姿の美少年である。十代の半ば辺りと見える容姿をしていることから、その魔族としての力はスウエンやゲキシンをも上回るであろう。
「
「仰せのままに」
朝議はそのまま幕引きとなった。宮廷内は騒然としており、軍の編成のために官吏という官吏がせわしく動き回っている。
大司馬という官職は、軍事を司る大臣である。スウエンが就任した御史大夫と並ぶ高位の官職だ。ガクキはエン国の人であれば知らぬ者はない程の英雄であり、人間との戦争で挙げた多大な功績によってエン国王カイより大司馬に任命されたのである。
ゴブリン軍団とエン国軍、仁義なき熾烈な戦いの火ぶたが、切って落とされようとしていた。
ゴブリンと傀儡兵の戦いを見た後のトモエたちは、そのまま歩き続けていた。道中で獣を狩り、食べられる野草を採集しながら、とうとう向こう側に国都ダイトの城壁が見えるような場所まで辿り着いた。
魔族国家の都市は城郭都市である。つまり都市の周囲にぐるりと城壁を巡らし、その中に都市を形成しているのだ。人間との戦争中には、敵の襲撃に備えて都市は全て城壁で囲んでいた。今となってはもう人間の襲撃などなくなってしまったが、それでもかつての名残で古い都市は城壁で囲まれている。
だが、その前に、一行は難題に頭を悩ませていた。
「この川、どうやって渡る?」
切り出したのはトモエである。
「うーん……敵の船を奪うか……それともオレたちで船を作るか……」
一行の前には、大きな川が横たわっていた。川幅があり、水量も多く、とても徒歩では渡れない。さりとて船を使おうにも、敵から奪うか自分たちで作るしかない。前者はリスクが低くなく、後者は造船の道具もノウハウもなく困難である。
敵地でもたついて、
「どうせ敵と戦うこと自体は避けられないんだし、この際奪っちゃった方がいいんじゃない?」
トモエは右腕を直角に曲げて言った。敵の船を奪えば、当然その過程で戦闘になろう。下手をすればそのことで晴れて四人は指名手配犯となり、エン国軍に追い回されることとなる。けれども、どうせいずれは戦う相手なのだ。寧ろ、敵軍の一部が追跡に回ることで、国都の守りを手薄にできるかも知れない。
「……意見が合うのは悔しいけど、ボクは賛成だ」
「シフも。どうせ戦わなきゃいけないのは変わらないんだし」
「オレも同意見です。トモエさん」
四人の意見が一致した、その時である。土煙が、北の方角に見えた。それはだんだんとこちらに近づいてきている。
「……逃げなきゃ!」
「えっ……」
「皆! 走るよ!」
シフが、川の上流へと走り出した。他の三人は、何が何だか分からないままそれに続いた。
「どうしたの? シフちゃん」
「凄い数のゴブリンの大群だよ! それがこっち目指して走ってきてるんだよ!」
「え……マジか嘘だろ……」
シフが見たものは、北の方から数十万はくだらないであろう数のゴブリンが、大挙して押し寄せてくる様であった。それが、川の方に向かってきていたのである。
「もしかして、あたしが叩きのめしたから恨まれたとか……?」
「分からない……けどこっちに来てるのは確かだから……どの道あそこにいたら危ない」
四人は、走った。走って走って、走り続けた。流石にゴブリンの大群などとぶつかるわけにはいかない。四人はひたすら走った。まだゴブリンの姿は見えてこないものの、シフが見たというのだからじきにやってくるのであろう。それまでにできるだけ距離を取らねばならない。
「これだけ離れちゃえば大丈夫かな……」
息を切らしながらトモエが言った。全力疾走の後で四人はすっかり肩で息をしてしまっている。
「そうだね……ん?」
シフは、上流側の方に視線を向けた。
「向こうに誰かいる……」
シフが見たものは、人影であった。
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