第36話 ゴブリンVS傀儡兵

緑小鬼ゴブリンが発見されたぁ?」

「ええ、間違いないようです。ギョヨウで傀儡兵を破壊して略奪を行っている所を駐屯軍によって全滅させたとの報告がありました」

 ダイトの御殿で、スウエンの報告を受けたエン国王カイは素っ頓狂な声を上げた。

 ゴブリン。魔族が西方から攻めてくる前、このオーゲン地方に人間の王国が存立していた時代には、至る所に生息していたものだ。知能は高くないが凶暴で悪質、徒党を組んで人間の村を襲っては略奪に励んでいたことで悪名高い。

 ところが、魔族がこのオーゲン地方を掌中に収め領域国家を形成していく過程で、彼らは徹底的に駆除された。魔族は人型をしている他種族には容赦がない。人間だろうと妖精族だろうと獣人族だろうと、魔族にとっては等しく滅ぼす相手である。その扱いは、このゴブリンに対しても変わらなかった。シン国を建国した大魔皇帝は傀儡兵の力で彼らをほぼ一方的に誅戮ちゅうりくし、今から百年前には絶滅宣言が行われた。こうして彼らは地上から姿を消した……消したはずなのである。

「馬鹿な……城も建設中だし、これからギ国との間に道路引くってのに、奴らに邪魔されちゃたまらない」

 カイは苦虫を噛み潰したような顔になった。この国王は感情が表に現れやすい。

 ゴブリンの一個体の戦闘能力はとても低い。人間の方がまだ強いと言っても過言ではない程に弱い。まして傀儡兵が相手となれば、その戦闘能力の差は歴然である。だが彼らは徒党を組んでの奇襲を得意としており、護衛の薄い輸送部隊などから積み荷を奪ったりするようなことは十分に可能だ。だから、彼らが出没するとなると、エルフの森の跡地に城郭都市や道路を整備するために送っている輸送部隊に分厚く護衛をつけねばならず、より多くの負担を強いられることとなる。

 ――討伐軍を、編成せねばなるまい。

 カイは、かつて大魔皇帝が軍を動かして徹底的に彼らを殲滅したことを思い出した。もしエン国内で被害を出そうものなら、どんな手段に訴えてでもまた覆滅してやらねばならない。そう考えたのであった。

 



 川での水浴びと戦闘を終えたトモエ一行は、再び東へ進路を取って進んだ。道なき道を行く行程は、決して楽なものではない。せめて馬車でも使えれば良いのであるが、それは目立ちすぎる。

「トモエさん、皆、あれを見てください」

 山道を歩いている時、その斜面の下に何かを見つけたのか、リコウが下を指差した。

 そこには、明らかに農村と思しき風景があった。家屋が点在し、農地が広がっている。ただ、リコウのよく知る農村と違うのは、耕作している者が全員、あのさんざん見慣れた木人形であることだ。白いボディに赤い石でできた目、皮甲こそ纏っていないものの、それはあの傀儡兵そのものである。

 外に出ているのは傀儡兵のみで、魔族の姿は見受けられなかった。魔族は肉体労働、特に農耕などの生産活動の殆どは傀儡兵によって担われている。故に彼らは額に汗して耕すようなことをする必要はない。

 槍の代わりに鋤を振るって耕作に励むその姿は、何処か微笑ましささえ感じさせる。けれども、やはりあれは敵の作り上げた兵器なのだ。トモエやリコウの故郷を焼き、人々を殺戮し、そしてエルフの森を焼いて甚大な被害をもたらした者たちの尖兵なのである。四人は少しも甘い感情を抱かなかった。

「ちぇっ、あんなのに任せて、気楽なもんだ」

 リコウは口を尖らせて毒づいた。農作業に励みながら戦闘の訓練に精を出してきた彼は、耕作の辛さをよく分かっている。

「見つからないよう、気をつけよう」

 発言者はトモエである。向かう所敵なしの彼女も、そのことで驕ったりはしなかった。敵地である以上用心するに越したことはなく、無駄な戦闘は避けるべきであることはよく理解している。

 四人がそっとその場を離れようとしたまさにその時、シフの耳が、何かを捉えた。

「凄い数だ……何かが村に向かってきてる」

 シフの耳が捉えたのは、地鳴りであった。たくさんの何かが北西の方角から走ってきていて、この村に押し寄せようとしている。

「あれは……!」

 村にやってきたのは、ゴブリンの大群であった。まるで氾濫する河川のように押し寄せてきたそれに気づいた傀儡兵が鋤を構えるも、寄って集られた結果あっという間に四肢の関節を砕かれてしまった。

「何だこいつらは! 他人様の農地を荒らすとは何事だ!」

 やがて、武装した魔族の男が、剣や槍、弩で武装した傀儡兵とともに現れた。この男は、耕作地で傀儡兵たちの管理を行う下級役人である。男は弓を引き、ゴブリンに向かって矢を射かけた。武装した傀儡兵たちもゴブリンの大群に立ち向かっていく。

「だ、駄目だ……数が多すぎる……」

 男が連れてきた傀儡兵は百数十体程であったが、対するゴブリンたちの数はそれを凌駕していた。多勢に無勢とは、まさにこのことである。

 ゴブリンと傀儡兵の単体での戦闘能力は、段違いに傀儡兵の方が上である。けれどもゴブリンたちはその戦闘能力の低さを、圧倒的な数で克服した。数の差で押し切られたこの部隊は間もなくして壊滅し、男は逃げ出そうとした所をゴブリンに集られ戦死してしまったのである。

 村はさんざんに荒らされた。耕作していた傀儡兵は破壊され、農地はさんざんに踏み荒らされた。恐らく食糧を貯蔵していたと思われる倉庫は打ち壊され、中の物は全て持ち出されていた。家畜や農具なども同様であった。さながら嵐が去った後のようである。

 斜面の上で、トモエたち四人はただただその様子を黙って見ていた。

「何だったんだあれ……」

 リコウは思わず呟いた。あそこまでさんざんに魔族たちがやられるのは珍しい。リコウにとって魔族と傀儡兵というのは恐ろしい侵略者の尖兵であり、常に緊迫した戦いを強いられてきた相手である。その相手がこうも呆気なく敗れ去るのは驚愕の光景であった。


 この時、エン国を揺るがしかねない、巨大な陰謀が水面下で渦巻いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る