第31話 逆襲のサメ

 日が中天に昇っていた。まだ森を出るまでには少し距離がある。

「見てあれ、綺麗な虹色の魚が泳いでる」

「お姉さん、それニジアカメって言って、泳いでるのを見ると幸運が訪れるっていう魚だよ」

「へぇ……じゃあ幸先よさそうだね」

「因みに食べるととても美味しいんだよ」

「そうなんだ……食べてみたいな。あ、もうどっか行っちゃった……」

 川の畔で、四人は休憩していた。そろそろ腹も減ってきたので、食事も兼ねての休憩である。

 この川を川沿いに東へ進んでいくと、エン国の領土内に入る。何事もなければ、明日の朝には森を出て敵のテリトリーに足を踏み入れることとなろう。

 トモエとシフが仲良さげに談笑する中、リコウとエイセイの男子二人は倒木に腰掛け、黙々と食糧を腹に詰めていた。

(何かオレ……見られてる……?)

 リコウは食事をしながら、一つのことに気づいた。時折、隣のエイセイが、ちらとこちらの方を見てくるのだ。何を話しかけてくるでもなく、ただ単に視線をこちらに向けてくる。こちらが振り向くと、何か後ろめたい気持ちでもあるかのようにそそくさと視線を逸らしてしまうのだ。怪しさ満点である。

 そういえば、と、リコウは思い出した。彼は警戒心が強く、他者にあまり心を許さないとシフに教えられたが、先程トモエから逃れる時には自分の腕に掴まってきた。トモエは異性で自分は同性であるから、当然距離の取り方の違いはあろうけれども、それにしては何だか不自然なものを感じる。

 ――でも、心を許してくれているのであれば、それでいいのではないか。

 隣のエイセイは、トモエと同じく今はもう一蓮托生の関係だ。もし心を開いてくれるのであればその方が良い。リコウはそう考えたのであった。

「……リコウ……」

「ん?」

 不意に、エイセイが話しかけてきた。トモエのことは「ニンゲンの女」などと呼んでいたエイセイが名前呼びをしてくるのは、やはり扱いの違いを感じざるを得ない。それにしても、戦いの時にはもっと覇気のある喋り方をしていたが、普段の彼は何処か陰気さを感じさせる。

「……あの時はありがとう……」

「あの時……? って?」

「……矢で狙われた時、リコウは助けてくれた。ボク、まだそのことでお礼を言ってなかった」

「ああ、そのことか……まぁ、無事でよかったよ」

 あの時は、必死だった。彼らを守れるのは、その場にはリコウ自身しかいなかったのだから。改めて感謝されると、何だかこそばゆいような気分をリコウは覚えた。


「あっ、この花可愛い~。シフちゃんこれ何て言うの?」

「これはね、オオアオユリっていう一年草なんだよ。この辺じゃあ珍しいかな」

 トモエとシフは、相変わらず楽しそうに会話に花を咲かせていた。やはり同性故の気安さなのか、二人はもう完全に打ち解けた雰囲気であった。エルフ族にありがちなある種の気難しさを、このシフという少女は殆ど持っていなかったことも幸いしている。

 その二人の耳に、ざぁ、という音が聞こえた。川の方からだ。何かが水を切る音である。

「あっ……」

 川に視線を移すと、そこにはトモエにも見覚えのあるものが認められた。

「陸鮫……」

 森に連れてこられた際にトモエとリコウの二人に襲い掛かってきた、あの脚の生えたサメである。恐るべき凶暴性と耐久力で、二人が手こずった危険な獣だ。

 しかも、そいつは一匹だけではなかった。水面から突き出ている背びれは、何と三匹分もあった。肉食獣は共食いをすることもあるが、陸鮫たちはそのようなことをしないのだろうか。

「うわぁ……またあれか……こっちに来なきゃいいけど……」

 正直、もうあのしつこいサメとは戦いたくない。それがトモエの偽らざる感想であった。しつこい上に、肉もあまり美味ではないとくれば尚更だ。リコウは何故か美味しそうに食べていたが、少なくともトモエは進んで食べたいようなものだとは思わなかった。

 通り過ぎて……通り過ぎて……とトモエは念じた。だが、その思いは、裏切られることとなる。

「あ、背びれがこっちきた」

「え」

 シフが指差す先を見ると、その言う通り、三つの背びれが向きを変えてこちらに接近してきていた。戦うことなくやりすごしたい……というトモエの願いは見事に打ち砕かれたのである。

「サメ!」

 トモエは声を振り絞って叫んだ。後ろにいるリコウとエイセイにサメの接近を知らせるためだ。

「またあいつか!」

 リコウは腰の剣を引き抜いた。前回戦った時は矢を鼻っ面に食らわせてやったものの、動きを鈍らせることはできなかった。だから、剣で肉を裂いてやらないと駄目なのではないかと考えたのである。

「……ボクも手伝おう」

 エイセイも、川の方に視線を移した。戦闘の構えだ。

 三つの背びれは、真っ直ぐトモエたちの方に近づいてくる。そして、水しぶきを上げながら水面から飛び出し、それは四人の前に姿を晒したのである。

「で、デカい!」

 リコウが叫んだ。三匹の陸鮫は、この前に出会って退治した個体よりも、一回り大きかったのである。

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