第17話 美少年エルフ、その名はヒョウヨウ

 声に反応した二人が振り向くと、そこには水色の髪の少年が立っていた。その耳は尖っており、所謂エルフ耳のような形状をしている。そして何より、この少年は輝かしいばかりの中性的な美貌を持っていた。

 トモエは、言葉を失った。自分の好みの少年が目の前に現れたことで、感動のあまり意識を喪失しそうになったのである。


「魔獣……? 魔石……?」


 リコウはわけが分からない、といった風に首を傾げている。


「ああ、知らぬのも無理はない、か……そこの「陸鮫」は魔力を体に宿す魔獣と呼ばれる生物だ。魔獣には体の何処かに必ず魔石と呼ばれる石が形成される。其方そなたたちは魔鉱石のことは知っているな?」

「ああ、魔族の傀儡兵の胸に埋め込まれてる……」

「魔鉱石と魔石は本質的に同一のものである。鉱山から採掘される鉱産資源が魔鉱石であるなら、魔獣の体内に形成されるものが魔石、と考えればよい」


 エルフ耳の少年は、「魔獣」についての説明を続けた。魔獣は普通の生物と違い、魔力が血流に乗って体内を駆け巡っており、魔族のように魔術を操ることができる。先程の陸鮫と呼ばれるサメは痛覚を一時的に鈍らせたり身体能力を強化したりしているそうだ。


「オオカミの群れを退散させ、陸鮫を討伐した。其方たちの力量を認めよう」

「オオカミ……ってもしかして今までのことずっと見てたのか……?」

「如何にも。全て見させてもらっていた。なかなかやるようだ」

「な、なら、オレたちの帰る方法も教えてくれないか? いつの間にかオレたち、こんな知らない場所にいて……」

「それは、ならぬ」


 エルフ耳の少年は、きっぱりと言い切った。少年の冷涼な吊り目が、より一層鋭くなる。


「な、何でだよ。オレたち早く帰らないといけないんだ」

「それは分かっている。だが、少し付き合ってもらわねば」

「あ、あたしだったら付き合うよ。何処にデート行く?」


 横槍を入れてきたトモエを、エルフ耳少年もリコウも相手にはしなかった。リコウは薄々、トモエの本性ショタコンに気づきつつあるが、敢えて触れない方がいいのではないか、と思っている。


「今、我々エルフは未曽有の危機に瀕している。我らが大賢者さまが、この「エルフの森」は魔族の手に落ちると予言なさったのだ」

「魔族……エルフ……?」


 エルフ、というものについて、リコウは以前少し小耳に挟んだことがある。ロブ村から西の方角にあたる場所には「エルフの森」と呼ばれる森林地帯が広がっていて、そこにはエルフと呼ばれる妖精の一種が暮らしている。彼らは森を守っており、人間であろうと魔族であろうと、森を切り開こうとする者を徹底的に排除するそうなのだ。


「其方たちが今ここにいるのは大賢者さまの意志によるものである。オオカミも陸鮫も、其方たちの力量を試すために送り込まれた」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。それじゃあオレたち、その大賢者とかいう奴に誘拐されたってことなのか!?」


 リコウの顔に憤怒の色が現れたのを、トモエは見逃さなかった。


「大賢者の意志によって、我がお前たちをここに連れてきた」

「そんな……」

「まぁ待て、帰さないとは言っていない。だがその前に我らの首長に会ってもらわねば。ついてこい」


 一度は苛立ったリコウであったが、顔に平静さを取り戻した。怒りを収めたというよりは、今は目の前のエルフ耳少年以外に手がかりがなく、取り敢えずは言う通りにしておこうという打算によるものである。


「失礼、名を名乗っていなかった。我の名はヒョウヨウという」

「あたしはトモエっていうんだ。ヒョウヨウくん、よろしくね」

「オ、オレはリコウだ」

「さて、では我の後についてきてもらいたい」


 そう言って、エルフ耳少年、ヒョウヨウは歩き出した。

 

 ヒョウヨウは、川の流れに逆らうようにして川沿いの道を歩いていった。二人はその後を黙ってついていった。道中にはやはり、所々に破壊された傀儡兵やその武器が転がっている。


「この地では以前、戦いがあった」

「戦い……?」


 相槌を打ったのはトモエである。


「忌まわしい魔族の国、エン国とギ国の軍隊が、愚かにもこの地を侵した。だが奴らの兵は森に待ち構えていたドワーフ族の攻撃に耐えかねて、尻尾をまいて逃げ出していった」


 エン国とギ国。ともに北地の人間に攻撃を仕掛ける魔族国家である。トモエがかつて住んでいた村を襲ったのはギ国の軍隊だ。


「この森はエン国、ギ国、そして北に住む人間たち、その三者の間に広がっている。あの愚か者たちは二か国の国境を塞ぐこの森が邪魔で仕方がないのであろうな」

「へぇ……お前たちも大変なんだな……でもそのドワーフ族って……魔族を撃退したのか?」


 リコウは驚きで目を丸くしながら質問した。魔族の軍隊がどれだけ強いのか、リコウは身に染みて理解している。であるからして、それを撃退したもののことはどうしても気になるのだ。


「如何にも。奴らは野蛮で、背こそ低いが力が強く、それでいて優れた武器を作る。加えて森はドワーフの庭のようなものだ。魔族の軍隊が強いとは言っても、奴らにはそうそう敵うまい」

「すげぇなそいつら……トモエさんみたいなのがたくさんいるのかな」


 それを聞いたトモエがくすくすと笑った。どうやらリコウの表現が笑いのツボに入ってしまったようである。


「さて、其方たち、到着したぞ」


 三人の目の前には、いくつもの家屋が並んでいた。見た所、人間たちの住む家屋よりも大分作りが良さそうだ。


「ようこそ、我らエルフの村へ」


 出迎えに現れたのは、ヒョウヨウと同じエルフ耳をしている美少年美少女たちであった。リコウはこっそりトモエの方を横目で見てみると、トモエの表情は呆けきっており、口角からはよだれが垂れていた。せっかくの美人がこれでは台無しもいい所である。


「エルフの村……夢の世界……」


 読経のようにぶつぶつと唱えるトモエであったが、リコウは敢えて何の反応もしなかった。

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