第16話 サメ肉クッキング
地を這うサメという前代未聞の脅威に、二人は対峙していた。
「これでも食らえ!」
リコウは矢を引き絞り、放った。これだけ図体の大きい相手だ。傀儡兵の胸を射抜くことができるリコウにとっては大きすぎる的である。空を裂きながら飛んでいった矢は、見事サメの鼻っ面に突き刺さった。
「やった!」
リコウは思わず喜声をあげた。矢の殺傷能力というのは凄まじく、人間でもひとたび矢が刺されば失血死は免れない。サメは大きく仰け反った。鼻からは滝のように血が流れている。これで仕留めた、と、リコウは勝利を確信した。
だが、これで終わりではなかった。却って怒らせてしまったのか、サメは大口を開けながら、物凄い速さでリコウに突進してきたのだ。次の矢は間に合わない。
「せいやぁっ!」
横合いから、トモエが飛んできた。持っていた槍を突き刺し、ついでとばかりに渾身の蹴りをサメの脇腹お見舞いしたのだ。強烈な蹴りが炸裂したサメは大きく横に吹っ飛ばされた。サメの巨体は木に激突し、その衝撃で木はへし折れて象牙色の辺材が剥き出しになってしまった。
「これでもう流石に……ん?」
もう起き上がれないだろう、と予想したトモエであったが、それは裏切られた。サメはむくりと起き上がると、今度はトモエに狙いを定め突進してきた。地面を踏み鳴らしながら、凶悪な牙を剥き出しにして迫りくる。疾走する巨躯に合わせて、鼻や脇腹から流れる血が周囲に撒き散らされて地を赤く染めている。
「しつこいサメは嫌われるよ!」
吠えながら、トモエはサメを迎え撃った。一直線に向かってくるサメの顔面に、拳を一発叩き込む。サメ特有のざらついた表皮の感触が、トモエの拳に伝わってきた。トモエはさらに二発、三発、四発と立て続けに殴打した。二度と再起を許さないという意志のこもった拳が、サメの身に情け容赦なく打ちつけられる。
「これでどう?」
地面に仰向けになったサメに向かってトモエは言う。今度こそ絶命したようで、もうサメは微動だにしなかった。
戦いが終わった途端、ほぼ時を同じくして二人の腹が鳴る音が聞こえた。二人は昨日から何も食べていない。その上二度も戦闘を行っており、今にも背と腹がくっつきそうなぐらいに空腹であった。
「じゃあオレ、こいつ料理しますよ」
そう言って、リコウは腰の剣を抜き、盾を地面に置いてこれをまな板の代わりにして切り取った肉を置いた。トモエが思い出したのは、古代中国の「
リコウが肉を切り分けている間、トモエは立ち枯れた植物の茎と針葉樹の枯れ木を使って火を起こしていた。原始的な方法での着火はなかなか骨が折れる。
サメの肉は刺身で食べても良さそうに見えたが、流石に川のものは寄生虫が怖い。特にこのサメは陸上も行動する以上、寄生虫リスクはカエルやトカゲ並にあると考えた方が良いであろう。過熱して焼き魚として食べるに越したことはない。
トモエは近くに生えていた笹を折り取り、これを串代わりにして肉を刺して焼いた。火の爆ぜる音とともに肉の焼ける香ばしい臭いが辺りに漂い、それを嗅いだ二人の空腹感をより加速させていく。
「リコウくん、結構そこういうの手慣れてるんだね」
「トモエさんこそ、火起こすの上手じゃないですか? オレこれ苦手なんですよね……」
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
トモエは焼き色のついたサメ肉にかじりついた。何だか凄く癖のある味というか、自己主張が激しすぎて舌が虐められるような味わいだ。食べられない、というレベルではないものの、あまり好きなタイプの味ではなかった。「空腹は最高の調味料である」という言葉があるが、空腹補正がかかってさえあまり好みでない味だと思うのだから、そうではない時に食べたのならきっとより一層きつく感じたであろう。塩か何かを振れば少しは紛れたのかも知れないが、無いものねだりをしても仕方がない。
「これ……凄く美味しい!」
トモエと正反対の感想を抱いたのが、リコウであった。この少年は目を輝かせながら肉を頬張っている。
「こんな良い肉今まで食べたことない! いくらでも食べられそう!」
殆ど自分の体に栄養を与えるためという義務感のみで肉を腹に詰めているトモエと違い、リコウは猛烈な勢いでこれを食べていた。トモエはまるで信じられないものを見るような目つきでリコウを眺めているが、当の本人は全く気づいていない。
「はぁ~食った食った……幸せ……」
サメ肉を食べ終わったリコウは、これ以上ない程に幸福そうな表情をしていた。
「そういえばトモエさん、さっきサメの肉切ってる時にこんなのが体の中から出てきたんですよね」
リコウは懐から、角張った宝石のようなものを取り出した。青い光を放つ、結晶のような美しい石である。
「これって……魔族の連中が使ってる魔鉱石によく似てませんか?」
「確かにそっくり……」
大きさはリコウの身につけている魔導鎧に縫い付けられているものより一回り大きく、傀儡兵の胸に埋め込まれているものとほぼ変わらない大きさである。リコウは石を縦にしたり横にしたり回したりしながら、まじまじと眺めていた。トモエもまた、興味ありげにその石を眺めている。
「それは魔獣の体内に存在する魔石だ」
突然、背後から声が聞こえた。まるでボーイソプラノのような、澄んだ声であった。
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