第12話 皇帝と四人の国王

 シン国の都カンヨウの禁中。その部屋には五つの椅子が円形に並べられており、その内の四つにはそれぞれ黄色、青、赤、白の石が置かれている。そして石の置かれていない席に、一人の少年が座った。

 艶のある黒い前髪を横一文字に切り揃え、冕冠べんかんを被った眉目秀麗のこの少年こそ、全ての魔族の頂点に立つ大魔皇帝である。


 西方からやってきて人間たちを打ち破りその故地を占領した魔族は、「シン国」という国号を名乗った。シン国は帝政の国であり、その君主は「大魔皇帝」を名乗っている。大魔皇帝は戦争によって人間たちを北や南の地へ駆逐してしまうと、四人の弟に領土を授け、国王としてほうじた。

 次男が封国された南部の国をソ国、

 三男が封国された北東部の国をエン国、

 四男が封国された北中部の国をギ国、

 五男が封国された東部の国をセイ国、

 とそれぞれ呼ぶ。彼ら四人の国王はいわば地方行政と地方軍の長であり、それら全ての頂点にシン国と大魔皇帝が存在しているのである。

 大魔皇帝が着席すると、 四つの石から光が放たれ、背後の壁に映像を投影した。そこには、四人の国王――つまり大魔皇帝の弟たちである――のバストアップが映し出された。皆一様に眉目秀麗な少年の姿をしているが、少年の姿であるということは、魔族としての力は非常に強力ということである。

 この五人の所在地は遠く離れている。そのため、さながらトモエの元いた世界におけるウェブ会議のような形で、国王と大魔皇帝は会合を行うのである。こうした情報通信の技術も、魔族たちは確立しているのだ。

「国君の義務は重く、その毎日は多忙を極める。今日も政務に忙殺されているであろう中わざわざ時間を割いて一堂に会してくれたことに対して、我が弟たちには多大なる感謝の意を表明しよう」

 最初に言葉を発したのは、大魔皇帝その人である。姿も声も幼い少年のそれであるが、流石は魔族全ての長だけあって、放つ威厳は相当なものである。


「そんな挨拶いいからよぉ、早く始めようぜ。定例報告会ってやつをさぁ」

「おい、兄者、軽口はよせ。公的な会合の場であるぞ。それに何だその格好は。服を着ろ服を」

「んなこと言われてもよぉ、こっちゃ南国だから暑いんだよ。上半身ぐらい許してくれって」


 軽い口調で口を挟んだ褐色肌の少年は、赤い石から投影されているソ国王、ユウシンであり、それを横から諫めた真面目そうな銀髪の少年は、白い石から投影されているギ国王、ギヒョウである。


「なら、ユウシンの言う通り、早速本題に入ろう。セイ国王リョショウ、そちらの獣人どもとの戦争の状況はいかがか」

「こちら牛人族がさっさと投降してくれてねぇ、そんでもって奴ら使って犬人族の都市を打ち壊してやったのさ。他の獣人族も正直、時間の問題だと思うね」


 大魔皇帝の問いに答えた青髪の軽薄そうな少年が、セイ国王のリョショウである。青い石から投影されているこの国王は五兄弟の末弟だ。

 魔族の国に、外交という概念は殆ど存在しないといってよい。魔族にとって人間や獣人、エルフなどの知的な他種族は戦い滅ぼす相手であって交渉の相手ではない。であるから、牛人族を降伏させ麾下きかに加えたセイ国王リョショウのやり方は、少々邪道であると言える。

 魔族の国同士についても、やはり外交という概念はない。魔族の国は今の所、シン国、ソ国、エン国、ギ国、セイ国の五か国しかなく、四人の国王は長兄である大魔皇帝に恭順であり、弟同士で揉め事があればすぐに長兄が調停に入る。もっともそのような揉め事が起こることは非常に珍しいのであるが。


「では次、エン国王カイ、そちらはどうか」

「アハハ、北方の人間どもは大したことないかな。それより困ったのはエルフの森だよ。あいつらしつこくってさぁ……ギヒョウもそう思うだろ?」


 黄色い石から投影されている、円らな瞳が可愛らしい金髪の少年のカイは、ギ国王ギヒョウに話を振った。エン国とギ国の間には、エルフという種族の住む広大な森が横たわっている。これが両国の交通を塞いでしまっているため、エン国とギ国は以前侵攻を行ったが、この攻撃は失敗に終わってしまった。エン国、ギ国共に多くの傀儡兵を失い撤退を余儀なくされたのであった。

 因みにこの定例会議が催されている時、まだエン国王カイはヤタハン砦の陥落を知らされていない。カイはヤタハン砦を置いた時点で北方の人間を平らげたも同然と思い込んでいる節があり、そういった点では人間たちを大きく侮っていると言える。カイの眼中には、人間よりもエルフの方がより大きく映っているのだ。


「確かに、兄者の言う通り、人間などより奴らの方が余程厄介だ。即刻潰さねば……」


 ギヒョウはぎり、と歯を噛みしめた。以前エルフに返り討ちにされたことが、未だに悔しくて仕方がないようである。五兄弟の中でも一番真面目なギヒョウは同時に一番の完璧主義者でもあり、自らの失敗に対する耐性が低いのである。


「なるほど、では改めて、ギ国王ギヒョウ、そちらはいかがか。エルフ以外に北方の人間とも戦っているだろう」

「ああ、エルフについては先程述べた通りであるが、北方戦線の方は上手く行っている。カイの言う通り北に逃げた人間どもは大したことないな。後ほどそのことについて記した報告書を百枚を送るので、詳しくはそちらに代えさせていただく」

「では最後にソ国王ユウシン、そちらは」

「おう、奴らの村を三つ潰してやったぜ。でも南の国の女王サマは手強くてなぁ……山と川を上手く使って奇襲してきやがる」


 ユウシンは赤い髪に覆われた頭を掻きながら答えた。ユウシンは兄弟で最も剽悍ひょうかんであり、人間との戦いでは自ら戦車に乗り込み果敢に戦った勇将であった。人間でありながらそのユウシンのソ国軍を手こずらせる相手というのは、相当にやり手であろう。


「なるほど、報告に感謝する。皆それぞれご苦労あると思うが、健闘を祈る」


 そうして、定例報告会は終わりを告げた。石から投影されていた映像は消え、禁中にはただ大魔皇帝のみが残された。


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