第9話 ヤタハン砦攻略戦 その2

 砦内に、びーっ、びーっ、という音がけたたましく鳴り響いた。この警戒音は砦内で傀儡兵が破壊された際に壁から鳴る仕組みになっており、これが響いているということは何者かが侵入し、砦の傀儡兵を破壊したということを意味する。


「何! 敵襲だと!? 馬鹿な!」


 砦の総司令官であるソダイは寝台から跳ね起き、すぐさま戦闘用の服を身に着けた。

 この襲撃は、全く寝耳に水の出来事であった。人間たちは今までずっと防戦一方であり、まともにエン国の拠点を攻略に来たことなどなかったからだ。魔族と人間の関係においては一貫して魔族が攻撃側であり、人間が防衛側である。それはヤタハン砦が建造される前から脈々と維持されてきた関係性なのだ。だから、人間の方から率先して拠点を攻めてくるなど、殆ど想定外の出来事であった。

 やがて、ソダイの前に、砦に詰めている部下の軍人たちが集まってきた。


「至急、傀儡兵を集めて討伐せよ!」


 ソダイはまなじりを吊り上げながら令を発した。集まった部下たちにとってもこの襲撃は青天の霹靂へきれきであったようで、その表情には緊張と焦りが見て取れる。

 傀儡兵をまとめた部下たちは、城壁の上を目指した。城門をこじ開けられたり城壁を打ち壊されたりしない限り、侵入手段は壁を登るくらいなものである。そして、無理矢理門や壁を破ろうものなら、その時点で振動や轟音によって敵襲に気づいたであろう。それに、敵は砦の内部には詳しくないはずであり、そう素早く下に降りてくることも考えづらい。


「ネズミめが、砦に入ってきたことを後悔させてやる」


 ソダイは歯を噛みしめながら、その秀麗な顔を怒りで歪めていた。


 城壁の上の傀儡兵を掃討したトモエとリコウは、壁の上をぐるりと歩いた。すると、壁に囲まれるように建っている大きな方形の建物に向かって、一本の道が繋がっていた。おそらく中央の建物が本営であり、そこと城壁はこの道で繋がっているのだ。


「あそこの中に敵の大将がいるのかな」

「多分そうでしょうけど、やっぱりこっちに情報が少ない以上、しらみつぶしに探していくしかないでしょうね。オレが先に行きます」


 結局この砦の攻略は、砦の内部の兵を掃討し、ここの総大将を叩き潰さなければ終わらない。どれ程の兵が詰めているのか、敵の大将はどのような人物か、全く以て情報がなさすぎる。とはいえじっくり情報を集める時間はこちらにはなかった。人間側が諜報活動をしようにも、魔族という異種族が相手である以上スパイを紛れ込ませるのも不可能であるし、忍者のように潜入調査を行える人員もこちら側にはいないのだ。砦の内部のことは何も分からない。全てが全て、手探りの攻城戦である。

 リコウが先行してその道を通り、中央の建物の扉の前まで差し掛かった、まさにその時であった。

 扉が勢いよく開き、その中からぞろぞろと傀儡兵が現れたのだ。


「畜生、増援か! もう来たのか!」

「ガッハッハ! ネズミが紛れ込んだと聞いてみたが、たったの二匹か。よろしい、ひねり潰してくれようぞ!」


 後方にいる、鎧姿の無精髭の男が二人を見て大笑いした。彼の引き連れてきた兵たちは、皆剣と盾で武装している短兵である。槍や戈のような長柄の武器は野戦においては強力であるが、狭い場所で戦うには不向きであり、その場合は刀剣のような取り回しのよい短兵器類が向いているためだ。

 敵の傀儡兵が、剣を振り上げて襲い掛かってくる。リコウはそれらを避けながら、その内の一体を剣で突き刺した。内部の魔鉱石が砕け、傀儡兵の動きが止まる。後ろから別の傀儡兵が尚も斬りかかってきたが、リコウは動きを止めた傀儡兵を盾にしてその白刃を防いだ。


「今だ! トモエさん!」

「合点承知!」


 後ろから、トモエが走ってくる。傀儡兵の注意が、そちらに引きつけられた。その隙にリコウは一体の首を斬り飛ばす。そして、


「やあっ!」


 甲高い声とともに、トモエの拳が振るわれた。一打必殺の拳が傀儡兵に叩き込まれ、その木製のボディが粉々に砕け散る。人間の兵士であったなら、その一撃を見た他の兵はすっかり腰が引けてしまっていたであろう。だが傀儡兵に恐怖心などというものは存在しない。果敢にも前に出てきたトモエに向かって、一太刀浴びせようと剣を振り上げる。その刃が振り下ろされる前に、傀儡兵たちは一体、また一体と拳を打ち込まれ壊されていく。

 そうして、無精髭の率いている傀儡兵たちは、あっという間に全て残骸に変えられてしまった。


「ぜ……全滅だと!? ならばこの俺が相手だ!」


 無精髭の男も、腰の剣を抜いた。この男は魔族であるが、年嵩の容姿である所を見るに戦闘の役に立つ魔術などは扱えないのであろう。こういった者は上級の官職を得ることはできず、せいぜい小役人になるのが精一杯なのである。

 リコウは、静かに剣を構えた。そこに、無精髭が斬りかかってくる。リコウはその剣撃を自らの剣で受け止めたが、流石にその一撃はずしりと重たかった。

 ぎりぎりと鍔迫り合いを演じる二人。しかし、それはすぐさま終わった。


「うぐぐぐぐ……な……何……」

「あたしのことを忘れてもらっちゃ困るな」


 後ろから、トモエが無精髭の首に腕を回して、思い切り締め上げたのだ。無精髭は血流の滞った頭を赤くしながら苦しみ喘いでいる。やがて、無精髭は締め落とされ、意識を失って動かなくなった。


「さて、中に入ろっか」

「そうですね、先行きます」


 トモエは邪魔だとばかりに無精髭を下に放り投げると、扉を開き、リコウに向かって手招きした。トモエの前世の世界には、レディーファーストという言葉があった。しかし、このような状況にあっては、軽装のトモエが行くより鎧を身に纏ったリコウが先行する方が安全である。

 扉の向こうにある階段を、二人は降りていく。石造りなせいか、内部の空気はひんやりとしている。

 二人が踊り場に差し掛かったまさにその時、下から矢が飛来した。咄嗟に反応したトモエが、それを手掴みして投げ返す。投げられた先には弩を構えた傀儡兵がおり、その胸に矢は突き刺さった。


「弩兵隊構え!」


 弩兵の後方で、男が吠える。この男も魔族だ。先程の無精髭と同じように、傀儡兵を率いる部隊長であろう。


「待ち伏せか……!」


 リコウは弓を構えた。視線の向こう側から、弩兵がぞろぞろと姿を現す。リコウはその内の一体を矢で射抜いた。だがまだ横に並んだ弩兵が残っており、リコウはまともにその斉射を受けてしまった。咄嗟にリコウは前かがみになりながら腕を前に出して頭を伏せ、顔面を守った。


「この鎧……やっぱりすげぇ……」


 弩兵の放った矢は、全てリコウの魔導鎧に弾かれてしまった。顔や繋ぎ目を狙われない限りは、ほぼ無敵の鎧なのではないかと思わされる。


「隙だらけよっ!」


 リコウの後ろから現れたトモエが、装填作業中の弩兵に襲い掛かった。射撃兵は接近を許してしまえばほぼ無力である。ろくな抵抗も行えぬまま、弩兵は一掃されてしまった。


「な、何だと!くそこうなりゃ……」

「させない!」


 男が剣を振ってリコウに斬りかかるよりも早く、トモエの拳がその頬を打つ。くぐもった叫びとともに男の体は吹っ飛び、壁に思い切り頭を叩きつけられた。男はそのまま動かなくなってしまった。トモエの一撃で落命したことは明らかである。


「行こう、トモエさん」

「うん」


 二人はその調子で、石造りの廊下を動き回った。途中で傀儡兵に出会えば戦い、それを殲滅する。その繰り返しであった。

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