第7話 傷痕

 

店を出てから近くにあるスポーツ用品店でmont-bellの一人用テントと地面に敷くウレタンシート、ついでに頭に着けるヘッドライトを買っていた。


帰り道にみのりはいつもの様に僕の腕にぶら下がりながらも、いつになく真面目な顔で歩いていた。


「どうしたの?みのりはお腹空いたのかな?」 


時刻はとっくに昼を過ぎていたので僕は冗談混じりにそう聞いた。


彼女が腕を掴んだまま不意に立ち止まったので僕は買った荷物を落としそうになった。


「どうしたんだよ、急に。 さっきから不機嫌そうな顔してさ…」 


アルペンで買い物をしている時から仏頂面で、返事さえ満足に返さない妹に少しイラついていた。


顔いろをうかがおうと振り向いた。 


みのりは溢れそうになる涙をこらえながら地面を見つめていた。


「何か傷付ける様な事言ったかな? ごめんな」


「違う・・・買い物してる時何だかおにいちゃんが向こうに行くのを楽しみにしてる様に感じて、だから…」


泣き顔さえも美しかった。


僕はみのりを抱き寄せて「楽しみなはず無いだろ」と囁いた。





部屋で転移に備え荷物を整理していた。 


テントには収納袋に肩掛け用のベルトが付いていた。


学生の頃使っていたburtonのディバックにカロリーメイトと水のボトルを、そして寝る時に敷くウレタンシートを押し込んだ。


服装もジーンズにTシャツではあまりに浮いてしまうので、ダンガリーシャツとカーゴパンツを身に着け靴は昔履いていたダナーのワークブーツを用意した。


カウントダウンは『00:42:17』を表示していた。昨日と同じ様にアレが起こるなら残り40分そこそこでまた転移するはずだった。


「おにいちゃん、まだ5時だけどご飯食べておいたほうが良いでしょ?」 と、みのりがおにぎりを作って来てくれた。 


「ヤバイヤバイ、また朝までお腹空かせて過ごすとこだったよ」


僕は自分の迂闊さに呆れながら、妹の気遣いが嬉しくてそう答えて居た。


淹れてきてくれたお茶を飲みながらおにぎりを食べ始めた。


鮭とマヨネーズの具のおにぎりだった。小腹が空いていたので作ってくれた三つのおにぎりは瞬く間に胃に収まった。


「おかずも何か作って来たら良かったね、おにぎりだけでごめんね」 


僕の食べる姿を見詰めながらみのりは神妙な顔でそう言った。


それはまるで戦地に送り出す家族の様な、そんな悲しそうな表情だった。


「おかずは、みのりが居ればそれで充分だよ」 と、僕は少しでも明るい雰囲気にしようと軽口で答えた。


「おにいちゃん…」


みのりは立ち上がると窓のカーテンを閉めながら呟いた。


「ん?何でカーテン閉めるの?」 


僕は意味が分からず呆けた顔で聞いていた。


「デザート食べるでしょ?」 


みのりはそう答えながら止める間もなくみのりは着ていたトップスを脱いでいた。


唖然とした僕の面前でブラも外したみのりは真っ赤に顔を赤らめて、「おにい・・ちゃん」と小さな声で呟いた。


「お前、何馬鹿な事してるんだよ・・・服・・着ろよ・・・」


かすれた声でそう言った自分が、妹の薄ピンク色の乳首から目を離せない自分が情けなかった。


(何でこんなに綺麗になっちゃったんだよ・・・)


素直にそれが悔しかった。


小さな頃の幼い妹のままで居てくれたなら、あのまま可愛いだけの妹のままに大きくなってくれたなら僕は今混乱などしなかったろう。


ダメージ加工のジーンズをカットしたホットパンツだけの姿になったみのりは両手を後ろ手に組みながら、「そんなに見ないで」と恥ずかしそうに囁いた。


実の妹なんだから、絶対に抱いたら駄目だと僕はやっとの事で目を伏せた。


「わたしがこんなに恥ずかしい思いしてるのに・・・ちゃんとこっち見てっ!おにいちゃんっ!」


僕は床に目を落としながら何故か理不尽な事に叱られていた。






 

スマホのタイマーを確認したら『00:03:17』を表示していた。 


もしもまた異世界へと飛ばされるなら後3分ほどで僕は消えるはずだった。


2階にある自分の部屋から転移して向こうで空中に放り出されたら堪らないので、僕は庭でその時が来るのを待っていた。


「おにいちゃん、そろそろ撮影始めるね。」


そう言いながらみのりは三脚にセットしたデジタルビデオで録り始めた。


この異変を記録して、それがどんな風に起きるのかを誰かに見てもらおうとしての事だった。


「どこかの大学か研究機関に相談しよう」と二人で話し合ったからだった。


「みのり、こっちを向いて」


僕はもし戻れなかった時の為に妹の姿を撮って居た。


二度と逢えなくなる可能性は依然としてあったから、せめて写真だけでもとの思いからの撮影だった。


そんな事を考えてるのを知れば不安がるだろうから、冗談めかして僕は撮った。


5月に入り日も長くなっていたから6時とは言えまだ明るかった。


これで何も起こらなかったなら端から見たら馬鹿げた行為に映っただろう。


だがしかし、それはまた唐突に始まった。





多分瞬きをした瞬間に飛ばされたのだろう、まるでテレビのチャンネルを変えたかの様に突然人々の喧騒が聞こえてきた。


気が付くと今日は『魔魂換金所』の真ん前に転移していた。


周囲を見回したらやはり昨日と同じように、店は片付けを始めていた。 


転移した時間は昨日と同じように見えた。


自分が身軽なのに気付いた。


せっかく用意したディバックもテントも何もそこには無く、僕は手ぶらのままだった。


身に付けては居ても背負って居たり肩に掛けたりしたモノは持って来られない様だった。



しかし何故だろう、僕が突然表れたはずなのに誰も驚いている者が居ないのは。 


今日はこの街がどれ位の規模なのかの探索と、スマホがこの現象にどう作用しているかのチェックをしようと決めていた。


そして活動資金の確保の為に金とプラチナの玉拾いをするのが目的だった。


まだ少し明るかったのでポケットに入れたライトは使わずに足元を物色した。  


今周囲を見るだけで既に5つのプラチナの玉が落ちていた。 


金の玉も2つ捨てられていた。


異世界にまで来て屑拾いをする冒険者など、どこのアニメやラノベにも出ては来ないだろうな。 


僕は玉を拾いながらそう思い、独り胸中で自嘲した。


メイン通りを歩きながら道端のあちらこちらに落ちた潰れた玉を拾って居た。


歩く道すがら通りを見ると、人以外の種族はエルフ位で老人の絵に描かれた様な角を持つ『小鬼』などは見当たらなかった。


「エミリア?」


店の扉を閉めようとしていた彼女を見た僕は思わずそう声を掛けていた。


「あ、こんばんは」 


彼女は振り向いて、そして声を掛けて来たのが僕だと知って笑顔でそう答えてくれた。


「まだ名前言って無かったね。 僕は白鳥優人シラトリユウトと言うんだ」


「シラトリ? 」


彼女は不思議そうな顔をして僕の名前を呟いた。


「あなたの名前は私達の神さまの名前と同じですね」


何故か 微笑みながら彼女はそう言った。


いつの間にか暗くなり篝火が焚かれ始めていた。 


最初は気付かなかったが今見るとエミリアの右手の甲に二筋の火傷の痕が見てとれた。


「エミリア、これはどうしたの?」


僕は彼女の手を取り尋ねていた。


「これは昨日お皿割って・・・ご主人に怒られちゃって火箸で叩かれたんです。」


一瞬僕は耳を疑った。 


水脹れが出来るような焼けた火箸で叩かれたと、そう笑いながら言うエミリアの言葉を。


よく見なければ分からなかったが腕には他に幾つもの古傷が残っていた。


「これも、かな?」 僕が恐る恐る尋ねるとエミリアは。


「それは街に来てすぐの頃かな? 確かご主人の服を洗って干して、取り込むのが遅くなって叱られて・・・」


僕は彼女の手の古傷を見つめながら、知らず知らずの内に呟いていた。


「許せない・・・」と。


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