第5話 帰還
目覚めると僕はあの老人と出会った土手で眠って居たのに気が付いた。
スマホの時間を見ると午前6時3分だった。
寝ていた草地は朝露で濡れていたが、着ていたTシャツもジーンズも濡れては居ない。
いや、、寝て地面に接していた背中は濡れていた、ジーンズもお尻側は濡れていた。
まるでついさっき草地に寝かされたかのような服の濡れ方だった。
結局いくら考えても答えは見つからず、その時はただ早く帰って空腹を満たしたい思いしか無かった。
「おにいちゃん、心配したんだよ・・・」
玄関のドアを開けると半泣きで妹が抱き付いてきた。
「歩いてたらいきなり消えたんだよ! お母さんたち信じてくれなくて、だから警察に行ってお巡りさんに話したんだけどやっぱり信じてくれなくて・・・」
みのりの泣き声に気付いたのか、土曜日で休みだった父親が居間から顔を覗かせた。
「お前は連絡も無しで一体どこ行ってたんだ!みのりは心配して警察まで行ったんだぞ」 と、苦々しい表情で父は聞いてきた。
説明しようにも信じてもらえそうも無いし、自分自身も昨晩の事が夢では無いと言い切る自信が無かった。
何も証拠が無いし、空腹なのを除いて体に何の異変も無いし。
これがラノベの異世界ものなら左腕に魔が宿ったり翼が生えたりで、父親の度肝を抜かさせる事も出来たんだろうに。
「何か気付いたら穂高川の土手で寝てたみたいなんだ。お腹空いたから何か食べる物無い?」
説明らしい説明も出来ず、我ながら情けない説明の言葉しか出て来なかった。
「おにいちゃん夕べから何も食べてないの? 何か作ってあげるから私にはちゃんと説明してくれなきゃ・・許さないからね!」
顔を見て安心したのだろうみのりは少し機嫌悪そうな口調でそう言った。
言ってみればたった一晩の無断外泊だ、妹のみのりがしたなら大問題になったのだろうがしたのはとっくに二十歳をを過ぎた僕だった。
何か言いたそうではあったが父は頭をポリポリ掻きながら居間へ戻って行き、妹は「おにいちゃん汗臭いから、お風呂入ってきなよ」と言いながらキッチンへと向かって行った。
家族の顔を見ていつもと変わらない日常に戻ると、いつしか昨夜の全てが現実感を失っていった。
僕は風呂に向かいながら記憶障害とか脳の腫瘍とかの心配をしていた。
昨夜の事が幻想なら自分の頭の中を疑うしか無いではないか。
スマホを洗面台に置きTシャツを脱いだ。
ジーンズを洗濯機に入れようとした時に「コトッ」っと何か硬い物が床に落ちる音がした。
屈んでそれを拾い何を落としたのかと洗面台の灯りの下でよく見ると、それは潰れた金色の金属だった。
慌てて残りのポケットを探ると案の定銀色の金属片も見つかった。
「夢じゃ無かったのか・・・・」
僕は急いでスマホの電源をオンしてディスプレイを見た。
表示は『10:08:42』。
またタイマーがカウントダウンを始めていた。
何をタップしてもそれは停止せず、ただ刻々と残り時間が減って行くだけだった。
これがゼロになった時に・・午後6時になった時に何が起きるのか・・・
またあの世界に転送される、そんな悪い予感がして僕は悪寒を感じて居た。
風呂から出るとみのりが炒飯を作って待っていた。
何か言いた
「ねえ・・・食べたら部屋で説明して欲しいんだけど」
食べ終わるのを待ってみのりはそう呟いた。
「良いけど僕もまだ何が起きたのか全部は理解出来てないんだよな」
食べ終わった皿をみつめながら僕は、昨夜の出来事を聞かせたら妹に気が狂ったと思われるような気がしていた。
「おにいちゃん、珈琲を入れて部屋に持ってくから、先に行ってて」
じっくりと
硬いベンチで寝たからだろうかとにかく横になりたかった僕は「分かった」と、上の空で返事を返し部屋へと向かった。
ベッドに横たわりポケットから2つの金属片を取り出した。
あれが現実だったと証明するには余りにそれは小さく頼りないモノだった。
知らない者が見たならガムかお菓子の包み紙にしか見えないだろう、これだけが唯一の頼りない証拠だった。
ノックも無くドアが開き、マグカップに淹れた珈琲を片手にみのりが入って来た。
彼女は珈琲をベッドサイドのテーブルに置きながら、僕のすぐ側のフローリングの床に体育座りで座り込んだ。
「さあ、約束だよ。一体何があったのか最初から話して!」
目の前で僕が消えるのを見て一睡も出来ずに心配してくれてた妹なのだから、話さない訳にはいかなかった。
僕はサイドテーブルにスマホと2つの金属片をそっと置くと、昨晩体験した出来事を最初から話し始めた。
途中『魔魂換金所』での話をする時にはサイドテーブルの2つの金属片を手渡して、彼女が満足するまで観察するにまかせた。
スマホで撮って来た換金所の写真を見せた時には、画像を拡大し時間を掛けて細部まで確認していた。
しかし老人の描いた不気味な絵について話しはしたが、あえて画像だけは見せなかった。
みのりは「なぜ?」と問いながら『絵』を見たがったが、見る事で転移させられる危険がある事を話しそれを断った。
土手で寝ていた下りまで話して僕は、もうすっかり冷めてしまった珈琲を僕はようやく口にした。
みのりはスマホのタイマーが再びカウントダウンを始めている事をひどく心配していた。
それは多分また僕が消えてしまわないかと思っての事だった。
彼女は何かを思い付いたらしく突然僕に出掛けようと言い出した。
「おにいちゃん、『アルペン』に行こうよ」 と、近所にあるスポーツ用品店へ行こうと言い出した。
何故そんな事を言い出したのか僕は分からずに居た。
「もし今夜も向こうに行っちゃったら、テントとかのキャンプ用品あったら便利じゃ無い?」
みのりはさも当然とばかりにそう言った。
「確かに2日続けてベンチで寝るのは辛いな」
言われてそれが妙案に聞こえた僕は答えながら頷いた。
スマホのカウントダウンタイマーは、『07:43:31』を表示していた。
アルペンに向かう途中の同じ国道沿いにあるその店の前まで僕たちは来ていた。
そこは貴金属とブランド品を専門に買い取るチェーン店だった。
「おにいちゃん、あれを調べてもらう積もりなのね?」
察しの良い妹は店のショーウィンドウを覗きながらそう言った。
「貯金もあまり無いし、もしあれが売れれば助かるんだよなぁ・・・・」
大学生の時にバイトで貯めた貯金など7万そこそこしか無くて、もしもあれが売れればとダメ元ではあったが店に寄る気になっていた。
僕はすがる様な気持ちで店のドアを押して居た。
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