14 三つの質問(5)

 


 ――入寮式の日、女子のトンネル通過儀式の間、どこにいましたか。




「入寮式のとき、おれは一年男子の引率をしていたんだよね」

 史信が薄く笑みをつくった。


「男子のトンネル通過儀式を運営していた。坂本、鷹宮、覚えているだろう?」

 良司と柊一が同時にうなずく。


「おれたちをトンネルに送り出す役をしていた」


 そう。と彼は大きくうなずいた。


 そして全員をトンネルへ送り出したあと。

 史信は、共に儀式運営をしていた、運営委員の野田のだとトンネルを通って学校に帰ったという。


 史信がにこりとわらう。

「女子のトンネル通過儀式のときには、とっくに学校に着いていた。おれは緑の館にいたよ」




 ――そこで何をしていましたか。




「儀式に使ったもの――ペンライトやなんかを片付けていたんだ。山頂まで持っていくのは重かったなあ。ひどく肩が凝っていたよ」




 ――あなたがそうしていたことを証明できるひとはいますか。



 彼は首をふった。

「緑の館にいたのはおれひとりだった。知り合いにも会っていない」




 塔子と良司は目を見合わせた。

「アリバイは……成立しないな。グレーだ」

 つぶやきを聞き取って、史信はわらう。

「まあねえ。でも、緑の館の周りにはたくさん人がいたんだから。おれが館に入るところを見ているひとが、ひとりくらいはいるんじゃないかな」


「目撃情報をあつめないといけないのか」

「悪いね」

 良司がうんざりと声をあげ、史信は肩をすくめた。







【5】瀬戸せと史信しのぶ → 佐伯さえき千歳ちとせ




 話が終わったのを見てとると、史信はゆっくりと千歳を見た。「紹介するよ」。


「――彼女は佐伯千歳。二年二組、書記。おれと同じ頃に執行部に入った戦友」


 千歳は面映ゆそうに目を逸らし、クッキーの端をかじっている。


「彼女、よく仕事ができるんです」

 なぜか自慢げに史信が続ける。

「なんていうんでしょうね。かゆいところに手が届くというのか……。ひとが困っていると、さりげなくアシストを入れてくれる。目立たないように振舞っているけど、意外とこの執行部の根幹を握っていると思う」


「抜けてもらっちゃあ困る人材だよね」

 榊葉が鷹揚にあいづちを打つ。


「や、やめてください。……恥ずかしい」

 か細い声でさえぎったのは本人だった。クッキーをかじる余裕もなくなり、頬を染めてうつむく。

「こういうところ、かわいいんだよなあ」

 しみじみと史信がわらった。

「瀬戸くんはすぐそういうこと言う……」

 さらに頬を染める彼女を見て取り、みなが笑む。


 塔子はどぎまぎした。気負いなく、さらりと褒めることができる。それが史信というひとらしい。


「――最初は警戒心がつよくて、こころを開くまでに時間がかかるタイプだよね」

 史信が優しげな口調になる。


「うさぎっぽいんだよなあ」

 一樹がずいと割って入った。

「ちっちゃくて、目がまるくて、外見も小動物っぽいだろ。その顔でキッとにらまれると、もうなんか、頭を撫でたくなっちゃう」

 言葉のとおり、千歳がキッと一樹をにらむ。

「ほらね、うさぎっぽいだろ」


 榊葉が大きなため息をついた。

「……ねえ高橋。このメンバーのなかで、佐伯さんが心を開かないのは、きみくらいのものだよ。知り合ってけっこう経っているのにさあ」

「え、おれ警戒されてるの?」

 一樹が驚くので、みながわらった。


「でも」

 紅茶をひとくち飲み、史信が顔をあげた。

「佐伯はこころを開いたら、とても大事にしてくれる。誠実に向き合って、困っていたらかならず助けてくれる。そういうあたたかいひとだ。だからおれは、彼女を心底信頼しているんだ」


「……そうね」

 志津香が微笑む。

「そういう子ね――千歳は」

 千歳の顔がぱっと朱に染まった。

 おもむろに、志津香が白い手を差し伸べる。千歳の髪にふれ、数回梳いて撫でた。

 千歳は染まった頬で、なにも言うことはなかった。





 ――入寮式の日、女子のトンネル通過儀式の間、どこにいましたか。




「覚えているでしょう?」

 千歳は塔子をちらと見やった。

「トンネルの山頂入口にいたわ。わたしは志津香先輩と運営委員の子と、一年女子の引率係をしていたもの」




 ――そこで何をしていましたか。




「トンネル通過儀式を執り行っていた。あなた達をトンネルに送り出していたわ。わたしは主に……ペンライトを回収したり、次の子を呼び込んだりしていた」


 塔子はうなずいた。

 はっきりと覚えている。塔子のペンライトを回収したのは千歳だ。そして彼女がトンネルに入ることはなかった。




 ――あなたがそうしていたことを証明できるひとはいますか。




「たくさんいるわね」

 千歳は淡々と告げた。

「まず、あなた。そして一年三組の女子。最後に――」

 隣を見る。

「志津香先輩」

 志津香がゆっくりとうなずいた。

「ええ、間違いないわ」





 アリバイは成立している。








【6】佐伯さえき千歳ちとせ → 荒巻あらまき志津香しづか




「自明のことだから、先に答えておこうかしら」


 千歳が紹介をはじめる前に、志津香がにっこりと口火を切った。細い指を三本立てる。珊瑚色の爪。

「三つの質問、について」


「ああ、なるほど」

 良司がうなずいた。


 志津香は塔子に微笑んだ。

「あのとき。わたしはもちろん、トンネルの山頂入口にいたわ。千歳と、運営委員の子と三人で、女子の通過儀式を運営していた。

 篠崎さん、あなたがトンネルに入るときには――」

「一緒に、いました」

「ね」



『こわいですか?』



 トンネル前で、志津香と交わした会話を思いだす。


「わたしの証人は、あのとき現場にいた人みんな。

 そして――あなたね」

 志津香がおだやかに笑んだ。





 ――明白なアリバイ。





「すごいな。あっという間に容疑者が絞れてきた」

 良司がひゅ、と口笛を吹く。

「少なくとも、女性陣はシロってことか」


 榊葉が苦笑する。

「――まあ、まずは紹介といこうじゃないか。佐伯さん、よろしく」

 千歳がこくりとうなずいた。



「荒巻志津香先輩、です。執行部副会長。三年一組。……まぎれもなく、学校で一番の美人です」


 全員がしっかりと首肯した。

「あら」。志津香がおっとりと首をかしげる。


「それにとても優秀で、生徒はもちろん、先生方からも信頼されています。美人を鼻にかけないし、とても優しくて、面倒見が良くて。立ち居振る舞いも優雅そのもので、気品があって。本当に非の打ち所がないんです。だから……“全校生徒のお姉さま”って呼ばれてて、その」


「落ち着きなって」

 肩で息をする千歳に、壮平が豪快にわらう。

「佐伯さん、荒巻の大ファンだからなあ。ま、佐伯さんだけじゃなく、荒巻のファンは多いんだけど」


「――そのファンに衝撃が走ったのが、昨年の九月のことでした」

 流れるように話をひきとり、一樹が身を乗り出した。塔子、良司、柊一を見渡して、にやにやと笑む。



「とある、性格のわるーい時の権力者が、お姉さまを奪ってしまったのです」



「ええっ」

 素直に声をあげたのは良司だった。

 塔子は目を見開いて、柊一は平静を保ち、しかし三人そろって左隣を見やる。



「失礼な」

 注目を浴びた榊葉が、喉の奥でククッとわらった。



「あれはセンセーショナルだったよねえ」

 一樹が両手を後ろ頭にやり、しみじみと言う。

「男子生徒は阿鼻叫喚あびきょうかん。嘆き悲しんで勉強も手につかない始末」

「もともと勉強してないんじゃないの……?」

 ぼそりと千歳がこぼす。一樹は聞かなかったふりをした。


「榊葉ってさ、当時はけっこうとがってたんだよ。目つきだって鋭くてさ。へらへらしてるのは変わらないけど、でも今よりもっと性格わるい感じだった。――荒巻」

 首をかしげる。

「なんでなの。なんでこんなあやしい奴と付き合うことにしたのさ。品行方正な男子はほかにいただろ」

「ほんとに失礼だなあ」

 榊葉が大きくわらう。

 そして志津香もくすりとわらった。


「そうねえ」

 志津香がわずかに身じろぎする。胸に、するりと一房髪がこぼれた。彼女の色素の薄い、つややかな髪。


「――なんて言ってほしい? 直哉」

 やわらかな瞳で榊葉を見やる。


「お気になさらず。お好きなように」

 榊葉が笑む。

 どきん、と塔子の心臓がはねた。

 匂い立つものがあった。


 志津香はおとがいに指をあて、すこし考えにふけった。長い睫毛の影が頬に落ちるのを、全員がうっとりして眺める。

「直哉と付き合うことにしたのはね――」

 彼女はおもむろに顔をあげた。笑みを刷く。



「似た者同士だったから、かしらね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る