9 夜の茶会(3)
あんぐりと口を開けたのは、今度はこちらの番だった。
「まじか」
左隣でぼそっとつぶやくのは良司。右隣に座る柊一でさえも、ハッと息を呑んで固まっている。
塔子といえば、驚きでしばらく言葉を失っていた。ただただ呆然として、ぐるりと周囲を見回す。
柊一の隣にいる
隣の
そして
――つまり。
塔子は唇をかんだ。
つまり、ここにいる人たちが。塔子・良司・柊一の一年生をのぞく、上級生のうちのだれかが――。
獅子、なのか。
震えた。
自分で推理したこととはいえ、獅子と疑わしき人たちが目前に顔をそろえているのは、なんだかひどく空恐ろしいことだった。
「――まあ、そのための茶会だったわけです」
榊葉のうたうような声音。ジトッと一年生組が彼をにらむ。
「……ほんっと会長って性格わるいよな」
「そう?」
良司が思わずこぼせば、榊葉は鷹揚にわらう。
「そんなこわい顔しないでよ。むしろお膳立てしたんだから、感謝してもらいたいくらいだ」
こちらを見やるので、塔子はまたびくっと身を縮めた。
篠崎さん――。榊葉はにこりとわらう。
「ご覧のとおり、ここには七人の容疑者がいる」
「容疑者ってひどいな」
壮平が苦笑する。
「罪は犯してませんね」
史信も口の端をあげる。
まあまあ、と榊葉は簡単にとりなした。
座にわらいが起こる。けれど、塔子はとてもそれに合わせる気分になれなかった。
それどころか、談笑がとてもわざとらしく聞こえた。なにも知らないとばかりに、平然とした態度を見せつけあっているような。そこにあるのに、見て見ぬふりをしているような――。そんな不自然さを感じてしまう。
わらいはやがて波のように消え失せる。
ぴんと張りつめた糸が、座にのこる。
榊葉がこちらにまた向いたときには、その表情は真顔だった。
――いいかい。じっと塔子を見る。
「このなかのだれかが、獅子だ」
ひくっ、と塔子ののどが鳴った。
いまや全員の視線が、塔子に集中している。
「きみは見事に、全校生徒からこの七名にしぼりこむことができた。素晴らしい推理だったよ。そしていよいよ、ここからが本番だ」
不安で、ぎゅ、とひざの上のブランケットをにぎる。
榊葉はにこっとわらい、一同を手で示した。
「こうして顔の見える相手を前にして――きみは本格的に獅子を見出さなければならない」
塔子はわずかにうなずいた。
皆押し黙っている。
「そこで」
彼は少し身をのりだす。
「ここからはしきたりに
「……しきたり?」
塔子はか細い声をあげた。彼をみあげる。
「そう。つまり、ルールだ。獅子探しのルール。王の交代には作法がいろいろあってね。これも代々続く伝統なんだ」
「……本当にこの学校は」
柊一がぼやくので、良司が思わずといったようにくすりとわらう。
榊葉は彼らの態度にちらと笑み、そして塔子に向いた。
「さて、篠崎さん。ルールとはこんなものだ――」
榊葉が人さし指を立てて息を吸う。
一、獅子は一回嘘をつく。
「はあ?」
良司が声をあげた。
「獅子の子は獅子を探す。けれど、当の獅子は一回嘘をついてその捜索から逃げる。逃げなければならない」
「なんで」
「そういう決まりなの」
榊葉が言い含める。塔子の戸惑いを見て取ると、安心させるように微笑んだ。
「逆に言えば、一回しか嘘をつかない、ということになる。これは大きなヒントになるよ」
「でも――」
「話はまだだよ」
良司をさえぎり、彼は二本指を立てる。
二、獅子は、みずからが獅子である証拠を、かならず獅子の子に提示する。
これには一年生三人が口をつぐんだ。
「嘘をつく代わりに、証拠をのこす、というわけだ。これでフェアになるだろう?」
ふうん、と柊一がつぶやく。興が乗ったのがつたわってくる。
塔子はすこしほっとしてうなずいた。
「そして」
榊葉は三本指を立てた。
三、獅子の子が獅子を名指すのは、一度きりとする。
「獅子の子もフェアでなくてはいけない。つまり“あなたは獅子ですか”と問いただすことができるのは、一度だけ。これと決めた人を、名指さなければならない」
塔子は唇を湿した。
「一度きり……」
「ああ。だからどうか、確信をもったときにそれをしてほしい。二度目はない」
「もし……間違えてしまったら?」
「間違えてはいけない」
「え?」
榊葉の目が据わった。
「王の交代は、かならず成功させなければいけない」
「なんだ、それ」。良司がぽかんと声をだす。
「この学園でいうところの王は、いにしえの王でね。絶対王政を敷いた頃の王じゃないわけさ」
「と、いうと?」
柊一が問う。
榊葉はゆっくりと首をふった。
「縁起が悪いどころじゃ済まない――ということかな」
――そういう
どきり、として塔子は思わず腕を抱えた。
「……どんな類なんだよ、もう」
良司があきれたように言う。
榊葉は薄く笑んだ。しかしそれ以上言及するつもりがないようだった。
良司がふとこちらを向く。目を見交わす。反応のない塔子の顔つきを見てとると、彼は何も言わずクシャッと頭を撫でた。
銀杏の葉擦れの音が大きく響く。
ランタンの明かりが揺れている。
横髪を風にあおられながら、塔子は目をすがめた。
自分の見える世界も、明かりに合わせて揺れているみたいだった。
「――以上、みっつの決まりだ」
榊葉は意識してにっこりと笑んだ。
「このルールに則って、獅子探しを進めてほしい」
塔子、良司、柊一が、理解に苦しんでむっつりと押し黙る。
彼はおかしそうにわらった。
「まったく同じ顔をしてるよ、三人とも」
「だって……」
「まあまあ、わからないことがある方が、人生たのしいものだよ」
「ええ」
榊葉は良司の批難をかるく受け流した。
――篠崎さん。こちらを向く。
「決まりのとおり、獅子は一度しか嘘をつかない。きちんと証拠をのこす。そしておれたち審判が全面的にサポートする。だからそんなに心配しなくていい。大丈夫、真実にちゃんとたどりつける。
――かならずきみを獅子にしてみせる」
思いきり複雑な顔をした塔子に、榊葉はひらめくように笑んだ。
「……ねえ、紅茶のおかわりはいかが。すっかり冷めているでしょう」
塔子の正面にいる志津香が、ふと口をひらいた。
話の継ぎ目を見て取ったらしい。彼女が話を変えたので、一同の空気がいくぶんかやわらいだ。
みな思いだしたように、紅茶や菓子を口にふくみだす。
「ほんっと、榊葉ってもったいつけるよな」
湯気の立つマグを手にして、一樹が渋面をつくる。榊葉が眉をあげた。
「そ? でも楽しいでしょ」
「まあねえ。だけどこんな話をしてると、現実じゃないみたいだ」
壮平がのんびりとわらうので、場がさらに明るくなった。
不満げに眉をひそめる一年生組も、あたたかい紅茶がふるまわれると、すこし顔つきをやわらげた。
「ねえ、”不思議の国のアリス”を知ってる?」
志津香が楽しげに声をあげる。
――またアリス。
塔子はぎくりとした。
読んだことがあると手を挙げたのは、志津香、榊葉、千歳、彼方だった。
「物語のなかで、茶会のシーンがあるんだけどね」
「“いかれ帽子屋”が登場するんですよね」
千歳が表情をなごませる。志津香がうなずいた。
「帽子屋は昔、ハートの女王にとある詩を披露した。それが女王の不興を買って”時間の無駄”と言われてしまって――」
「――それ以来、彼らは時が止まったまま茶会を続けるようになった」
彼方が平然とあとを引き取る。志津香は首肯した。
「そう。終わらないお茶会を、ね。なんだかこの話を思いだしたわ。こんな綺麗なところでふしぎなお茶会をしているから」
「永遠に終わらないのはいやだけどね」
一樹が茶々をいれ、それに志津香はくすくすとわらう。
「……そうだねえ、こっちの茶会は終わらせないとねえ」
榊葉が笑んでうなずき、マグカップをラグに置いた。
「じゃあ、最後の趣向へうつろうかね」
「趣向? なんですか」
史信が問い、榊葉がにこりとわらった。
「ゲームをしようと思うんだ」
柊一、良司、そして塔子を見回す。
「獅子探しのゲームをしよう」
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