雑貨屋にて
「いやー美味しかったですねぇ」
「そうだな、たまには甘味も悪くない」
「師匠のキスが」
「忘れろ」
思わず両手で顔を覆った。
違うんだ、そんなつもりじゃなかった。いや、確かに今日は恋人のようなデートなのだと思っていたし、キスの一つや二つで騒ぐつもりじゃなかった。むしろそのくらいは平然としていようと思っていたからこそ、変に覚悟が決まってしまっていたからこその醜態だ。
なにもあんな……あんな大通りに面したテラスで、あんな、あんな――ッ。
「だめだ死にたくなってきた」
「いいじゃないですか。むしろもっと見せつけてやりましょうよ、師匠はあたしので、あたしは師匠のものだって」
「違う」
「もう、意地っ張りなんですから」
そこが可愛いんですけど、なんて言われてまた耳が熱くなるが、それでも無視で通した。私は、まぁハーシュのものかもしれない。腹立たしいが、弟子としてこいつを迎えた時から、私の世界は私ではなく彼女を中心に回っていたような気がする。
だが逆はない。
ハーシュが私のものだなんて、冗談にしても笑えない。彼女を彼女以外の誰かが所有すると言うならそれは多分、世界とか時代とか、そういうものだ。誰か、ではあり得ない。
ハーシュは魔術界の常識を塗り替え、魔族との諍いの時代を終わらせ、人の世界を丸ごと救った。彼女はそれだけの存在なのだ。誰かに縛られていい存在じゃない。まして、ただ初めに彼女の数歩先を歩いていたというだけの私なんかでは、決して。
……ああ、少し顔の熱が引いた。
店を出てからもハーシュは私に腕を絡ませていて、通を歩いているだけでもあちこちから視線を感じる。まぁ、どう見えているかは想像がつく訳だが……けど、それもこの「デート」の間だけ。そう思えば、私の方から彼女の腕を振り払うという選択肢はなかった。
「あ、ここですここ」
私の腕に絡んでいたハーシュにくいっと引かれて足を止めたのは、こじんまりした店構えの雑貨屋だった。
雑貨屋、というのか、多種多様な工芸品が並んでいるのが店の外からも見える。カップや植木鉢といった日用雑貨から、指輪やピアス、ネックレスといったアクセサリーまで、扱う品の幅は広そうだ。
「欲しいものでもあるのか?」
「なに言ってるんですか、それを探しに来るのがこういうお店ですよ」
「ふむ?」
そういうものだろうか、と首を傾げる。私は日常生活で使う雑貨の類は基本的に値段と実用性でしか選ばない。デザイン、もまぁ、何でもいいとは言わないがうるさくなければそれでいい。
なので、甘味処に続き一人ならまず立ち寄らない店だが――。
「んーこれとかどうです?」
「いや、あのなハーシュ」
「師匠のイメージ的にはこっちなんですけど、あたしにはイマイチかなって」
「そうじゃなくてな」
「あ、じゃあむしろ師匠から見てあたしに似合いそうなの探してくださいよ」
「いや、だからなハーシュ」
ああでもないこうでもないとアクセサリーの棚をうろうろしては私の隣に掲げて「んー」と唸るハーシュに、私は何をしに来たんだろうという気になる。
「なんでお揃いの装飾品を買う話になってるんだ?」
そう、店に入った最初のうちは物珍しさもあって、私もそれなりに楽しんでいたのだ。雑貨とひと口に言っても、機能的でシンプルなものから職人技の意匠が凝らされたもの、時にはそれが行き過ぎて見ただけでは用途がわからないものまで様々だ。
大抵は製作した工房が値段と一緒に併記されており、好みの品がいくつか重なった工房の名前は頭に留めておこうと思うくらいには楽しんでいた。
しかし。
「いいじゃないですかお揃い。師匠ももう少しおしゃれしましょうよ?」
「……そういうのは服とか髪型からじゃないのか?」
私に洒落っ気がないのは今さら否定しないが、おしゃれというならアクセサリーなんてのは最終工程じゃないだろうか。怪訝な顔をする私に、ハーシュは「それに」と更に理由を上乗せする。
「――服は着替えなきゃいけませんけど、これなら毎日でも師匠とお揃いにできるじゃないですか」
ほんのり頬を染めながら言う。その表情は照れていると言うよりは嬉しくてたまらないといった感じで、元々少し幼い雰囲気のあったハーシュがそんな顔をすると学生だった頃の彼女を思い出してしまう。
「ね、いいでしょう?」
そう言って腕を取られるとダメだとは言えず、けれど。
「……好きに選べよ」
そうだな、と頷いてもやれなくて。
私の淡白な反応に口を尖らせたものの、すぐにまた笑顔になって「それじゃあたしの好みで選びますよ、師匠があたしの好きなものを身につけるのもそれはそれで……」と楽しげに物色を再開したハーシュから視線を逸らす。
行き場を失くして彷徨わせた視線の先で、髪飾りが並ぶ棚が目に留まった。
そっと振り返ると、ハーシュはこじんまりと並んだピアスをひとつひとつ取り上げて考え込んでいた。
「……まぁ、これくらいならいいだろ」
私も弟子にならって、彼女に似合うものはどれだろうと考え始めた。
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