挑戦者
魔術は複雑なものだと言う魔術師がいる。だが、それに真っ向から対立する、魔術師もいて、それは究極的にシンプルだとか、乗馬と同じ、慣れと感覚の問題だという人間もいる。
誰かが嘘や間違いを口にしているわけじゃない。魔術の歴史とは未だ数百年程度の歴史しか持たず、最初の百年程度は人の手に余る力と忌避され、その後の百年でようやくそれが人の意思で操り得る力だとわかり、そうしてやっと禁忌は学問になった。
とはいえ。
研究は未だ途上であり、全ての魔術師を貫く共通の理論など未だ数えるほどしかない。体内で生成される無限の魔力。放出点という発動起点。全てに共通するのは本当にその程度。
ほんの数百種類の汎用的な魔術はその研究成果ではあるが、修得、そして発動に至るまでの過程は個々それぞれに異なる。より成功しやすい方法はあれど、全員にとっての正解の道筋はない。
数の計算と同じだ。0+1を1にする、
何の話かといえば個性の話だ。私とハーシュの共通点。私とハーシュの個性。私達の魔術。
魔術回路を用いた魔術の研究が停滞したのは有り体に言えば面倒だったからだ。そんなことをしなくても魔術は使える。0.01を百回足す真似なんてしなくても、1を一度だけ足せば事足りる。そういう感覚の元で、魔術回路は軽んじられてきた。
私だって人並みの魔力があったらそう思っただろう。でも無かった。だから私に残された方法がそれだった。
それでも十年以上、私はこの魔術を相棒にしてきた。誰よりもその可能性を信じ、誰よりもその力に縋って生きてきた。
魔術師としてのプライドなんて私にはない。私の魔術は異端で、0+1を簡単に計算できる連中には不要のもの、魔術師としての底辺だ。
――だが、回路術師としての矜持は在る。
そもそもが少ない魔力で魔術を使うために研究したのだ。魔力量を言い訳にはしない。
私は勝つ。英雄に。ただ一人、私と同じ回路術師の後輩に、負ける気などサラサラなかった。
* * *
「やる気になってくれて、嬉しいですよ」
「おかしな奴だな、負けるのがそんなに嬉しいのか」
訓練場の真ん中に向かい合って、私達はわざとらしいまでに攻撃的に笑い合う。予め決めていた演出、などでは勿論無く、これはいわば儀式だ。お互いが、本気になるための。
「師匠こそ、甘いんじゃないですか。あたしがどれだけ師匠のこと好きだと思ってるんです?」
「……何の関係がある?」
「師匠の魔術は全部あたしの憧れ。それを旅の最中、あたしが磨かなかったとでも?」
ぽっ、とハーシュの指先に小さな火が灯る。三年前の彼女には修得できなかった術を、確かに彼女は使いこなしている。
でも、私だってこの三年間、何もしていなかったわけじゃない。
旅立つハーシュに何もしてやれなかった悔しさに溺れてばかりいたわけじゃない。むしろ、彼女の師匠として、せめてこれからは相応しくあろうと努めてきた。
お披露目の舞台には、ちょうどいい。
「まずは一本もらうぞ」
「お手並み拝見です」
「両者、開始位置へ」
客席の後方にふわふわと浮かんでいる学長が拡声させた声で言う。その手に私とハーシュを促すように伸ばされたキレイな細い手の先に『イアリー×ハーシュ』と辛うじてこの距離でも読める手書きがされたうちわを持っているのは見ない振りをした。あれに反応したら負けだ。
私とハーシュは向かい合ったままゆっくりと後退した。屋外訓練場の両端まで下がり、私達は睨み合う。
先攻は私。本来ならハーシュの強さをまず印象づけるための前座。私の全力の一撃を、ハーシュがその場で腕の一振りでもして打ち消すのが理想的。
でも、そんな楽はさせない。
さぁハーシュ、打ち消すならやってみるといい。できるものなら。
「はじめ!」
「――――――――――――――――――――――――――――」
学長の掛け声と同時に私は詠唱を始める。長い詠唱。本当の戦場なら、対峙した敵は悠長に待ってくれない。だが実戦だったら役に立たないなんて今は何の関係もない。
私の魔術の発動は保証されている。これは相手に術を撃たせてから打ち消す、そういう形式の戦いなのだ。だから私はそのルールをめいっぱい利用する。
これは殺し合いじゃない。回路術士の技のぶつけ合いだ。
「――――――――――――――――――――――――――――」
「……あの、師匠」
「――――――――――――――――――――――――――――」
「ちょ、え、あの、師匠? 詠唱なが」
「――、っ、はぁ」
長い詠唱で吐き出して苦しくなった息を私が整えた直後。
ドォン!
ハーシュの足元から突如、轟音を立てて泥水が吹き出した。
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