意地

「あたしの話はこれで全部です。もしもこれが、皆さんにとって何かのヒントや、希望になっていたら嬉しく思います。だってそれは、あたしを救ってくれた師匠に、少しだけ近づけたということだと思いますから」


 そう言ってハーシュは話を終えると、軽く一礼して壇を降りた。……そしてわざわざ私の隣に並ぶとぴたっと身を寄せてにこっと微笑んできた。


「はぁ……では、この後は不肖この私と、英雄ハーシュとの模擬戦となります。お時間がおありでしたらぜひ、このまま訓練場までご移動ください。案内は後方の入場口の――」


 ハーシュをひと睨みして、わざと彼女に聞かせるようにため息をついてから、予め決まっていた通りの進行で聴講者たちの誘導を開始した。


「おつかれさまです、イアリー」


「学長」


 一通りの案内口上を述べ終えた私と嬉しそうに私の背中にくっついているハーシュのところへ、学長がすっと歩み寄ってきてねぎらいの言葉をかけてくる……が、私は学長の顔を、ハーシュにしたのと同じく睨みつけた。


「なんであの内容でオーケーしたんですか」


「あら、なにか問題でしたか?」


「そうじゃなくてですね……はぁ」


 わかっているくせに、と恨みがましい目を向けてやるが、学長は涼しい顔で微笑したままだ。その笑顔の裏で大抵情けも容赦もない訓練メニューやいち学生の許容量を超えた文献調査を用意していた過去があるので、強く追求できない。好き好んで藪をつつく趣味はない。とはいえ、素直に受け入れるには少々羞恥プレイが過ぎた。


「なにもあんな内容にしなくても、学院のアピールなんて十分できたはずじゃないですか……」


 進行役でしかない私は講演の細かい中身までは聞かされていなかった。ハーシュの学生時代にも触れるとは聞いていたし、それは学院で行う講演である以上は当然とも思っていたので自分の話も出るかな、くらいには思っていたがまさかこうも全力で担ぎ上げられるとは。


 この講演を企画し、講演会そのものと、開催場所である学院と双方の責任者である学長は事前に講話の原稿にも目を通していたはずで……こんな羞恥プレイをされる私の立場も慮ってくれてもよかったじゃないかと思わないでもない。


「本当に内容に不満があったのなら、事前に内容を通達しなかったことは謝罪しても構いませんよ。でもイアリー、自分でもわかっているのではありませんか?」


 そう言われれば、尚更口を噤むしかない。そりゃ、私だって自分のことくらいわかっている、つもりだ。


「貴女いま、とてもいい顔をしていますよ」


 この人にそうやってぽんと頭を撫でられると、何も言えなくなる。ハーシュにとって私という師が特別だというなら、私にとって師であるこの人も特別なのだ。


 ハーシュが私に抱く感情、恋情を理解しているとは言い難い。けれどそれでも、弟子が師匠に憧れる気持ちは知っている。その敬愛を知っている。だったら。


「ハーシュ」


「はい?」


「本気でやる、それでいいんだな」


 弟子の期待は裏切れない。それは師匠の義務であり、意地だ。


「受けて立ちます。師匠のかっこいいとこ、期待してますから」


「ああ、期待しておけ」


 普段の私なら「何をバカなことを」と一蹴しているようなセリフを、自分の口から吐く。久しく忘れていた青春めいた青臭さが、気恥ずかしくも心強い。私にもまだ、張れる意地が残っていた。指先ではなく胸の内に火が灯る感覚。


 相手は英雄。こちらは底辺。真っ当にやって勝てる相手じゃない。それでも。


「お前の師匠はすごいってところ、見せてやるよ」


 英雄サマに、底辺の一撃を入れてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る