幕間:旅仲間

「たまにはみんなでヤりましょ?」


 アレスの品のない誘いに、トマクが睨みを利かせるのはいつものことで、ルティが苦笑いしている間にあたしが店に当たりをつけるのもまた、いつものことだった。


「ルティの前でそういうのはよせ、教育に悪い」


「あー! トマクはさってまったわーのこと子供扱いしゆー!」


「お前はまだ子供だし、それでいいんだ」


「わーももう十七! 子供じゃなかき!」


「ははは面白い冗談だなルティ」


「冗談やなきー!」


 きーきーと声を上げてトマクに噛み付くルティだが、トマクにわしゃわしゃと撫でられると「しゃー」と威嚇したのも束の間、にゅふー、と満足げな息をついて自分からトマクにすりすりと寄り付いて行った。


「……見せつけてくれますわねぇ。私達もヤりませんこと?」


「やりません。っていうかアレスが言うと、じゃれ合いじゃ済まないでしょ」


「いやですわ、ベッドの上でじゃれ合うだけですのに」


 おほほほ、とわざとらしく口元を隠して笑うアレスの頭を軽くはたいて、あたしたちは大通りから一本外れた裏道の酒場に足を踏み入れた。


「いらっしゃ――よ、四英傑!?」


「あーはいはい、お忍びだから騒ぎにしないで」


 客の少ない店内を横切って、さっさと店主の手に酒数十杯では利かない額の金貨を握らせる。行儀がいいとは言えないけれど、私達四人が落ち着いて酒や食事を楽しもうと思ったらこれが一番早いのだ。幸い、旅の収集物を換金したり国から支払われた報奨もあって懐は温もり過ぎるほど温もっているので、平穏な酒席のためなら安い出費だ。


 金貨を受け取った店主は慌てて表に「貸切」の札を下げに行った。店内に二組だけいた客が驚いた目で私達を見たが、アレスが口元に指を当てて「しー」と微笑むとこくこくと頷き、そそくさと出ていってしまった。


「別に追い出さなくてもいいんじゃない?」


「追い出したつもりはないのですけど……ひと晩どうですか、とお誘いしただけですのに」


「指を立てたのはそういう……アンタほんともうちょっと自分を大事にしなさいよ」


「自分の悦びを大事に生きてますので」


 うふふ、と微笑むその顔は聖女のようだが、目の濁りだけは隠せていない。いや、じゅるりと溢れそうになる涎も隠せていない。全体的に欲望ダダ漏れだった。


 生臭坊主というのか、アレスは見た目の清廉さとは裏腹に性質たちの悪い性豪なのだ。まぁ、最低限両者の合意という概念を重んじてはいるので、旅の途上彼女が宿でわざわざ一人部屋を取ってもあたし達は文句は言わなかったが……どうも帰国からこっち、あたし達三人への冗談めかした誘いが多くなっている。これは多分。


「アレスさ、寂しいのはわかるけど、あたし達もちゃんと相手いるから。アレスもそろそろちゃんとパートナーを探しなよ」


「さ、寂しいなんてそんな、いやですわおほほ」


「ルティに手を出したら許さんぞ」


「わーにはトマクだけだぞ?」


「当たり前だ」


 トマクがルティに軽くキスすると、それだけでルティが赤くなって足をぱたぱたさせる。うーん、相変わらずお熱い。


「……みせつけてくれますわねー」


 さっきより数段低い声で同じセリフを繰り返すアレスの肩を軽く叩いて「諦めなよ」と言うとぐりんっと振り向いたアレスにがっちりと手を掴まれた。


「あちらは二人の世界ですし、ここはぜひ、是非に! わたくしとハーシュさんもめくるめく二人だけの世界に」


「あたしは師匠以外に抱かれる気はないから」


「キスだけでも!」


「キスもダメ」


 師匠以外の唇に触れるのはもちろん嫌だが、それ以上に。


「師匠と間接キスとか、そんなの絶対させない」


「……ハーシュさんも、大概こじらせてますわよね」


「アレスにだけは言われたくない」


 おほほ、と笑って受け流すアレスを睨みつけると、コホンと咳払いして場を仕切り直された。仕切り直せてるかは知らない。


「その師匠さんとはどうなんです? 無事、キスはできたようですけれど」


「よかったなーハーシュ」


「旅の道中ずっと念願だと言っていたものな」


 アレスに便乗してルティとトマクにも「どうなんだ?」と視線を向けられる。う、いやそりゃ、旅の途上でもずっと師匠の話をしていたのはあたしだからさ、気になると言われて気にするなとも言えないけどさ。


「キスの約束は、ちゃんと守ってくれたし……」


「うんうん、それで?」


「だ、大事な弟子で、可愛いって言われたし」


「はわー、愛されてらなー」


「いくらでもキスしてくれるし!」


「つまりフラれたんだな」


「うわぁーん!」


 トマクに現実を突きつけられてテーブルに突っ伏した。


「意外ですわねぇ。こう言ってはなんですけれど、ハーシュさんのような美少女に迫られて約束のキスだけで我慢できるなんて、聖人か何かですの?」


「救国の聖女がそれを言うのか?」


「アレスが聖女だなんて笑い話にもならんにー」


「そこ、うるさいですわよ。まぁハーシュさん、そう落ち込むことはありませんわ」


 ぽん、と優しく肩に手を置かれる。顔をあげると、確かに聖女の名に相応しい、清らかで慈愛に満ちたアレスの瞳と目が合った。


「貴女を振った女のことなんて、わたくしがひと晩で忘れさせてあげますわ」


「「「最低」」」


「なんでですの!?」


 あたし達三人の声が揃って、アレスが憤慨する。それもまたいつも通り。

 ……盛大な凱旋パレードを催されて、英雄なんて持て囃されるけれど。こうして酒場の隅で四人、酒を酌み交わしながらくだらない話で盛り上がるあたし達は、勇者でも、英雄でもない、ただの旅仲間で、旅が始まった三年前から、あたし達はあたし達だ。


 ここにいるのは英雄ハーシュじゃない、ただのハーシュ。


 だから、師匠があたしを「英雄だから」なんて理由で遠ざけようとするなら、あたしはどこまでもあたしでいるだけだ。あの旅立ちの日と何も変わらない、貴女の弟子として。

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