第27話 閉鎖区での朝食
紅葉はジャムを塗りたくったコッペパンを両手で掴んで一心不乱に食べている。ちゃんと食べてくれるのは助かるが、楓としてはジャムをこぼさないか心配で仕方がない。着替えはあまり持ち出せていないのだ。紅葉があの日着ていたのがオーバーオールで良かったと心底思う。ヒラヒラのワンピースなどでは夜きっと寒かっただろう。
楓はマーガリンを塗ったコッペパンを齧った。どうにもパサパサしているそれを、代用乳を口に含んで柔らかくして飲み込む。
「ごめんな紅葉、毎日こんな朝メシで」
「ううん。おいしいよっ」
「そっか」
「キャンプみたいでたのしいもん」
口の周りをジャムでべとべとにしながら紅葉は無邪気に笑った。
楓は微かな安堵を得つつ、紅葉の口元をポケットティッシュで拭いてやる。
「でも、パパとママおそいね。おにいちゃん、パパとママはいつくるの?」
「あ……」
だからか、と楓は気付いた。
紅葉は両親が来ると思っているからお利口にして待っているのだ。
しかし――
「あ、あのな紅葉」
「なあに?」
妹のつぶらな瞳の中に映る自分の姿は酷く動揺していた。
泣きたくなるような気持ちを押さえつけ、
「お、おお落ち着いてよよよよく聞いてくれ」
「あはは。おにいちゃんこそおちついてよお」
「ははっ、そうだな」
意を決して、告げる。
「あのな紅葉、パパとママは来ないんだ」
「え?」
「パパもママも、ここには来ない。来れないんだ」
「……なんで?」
「母さんは――ママは病院に行ってるから」
「そうなの? だいじょうぶ?」
「ああ。大丈夫だよ」
「じゃあパパは?」
「っ」
楓は言葉に詰まった。なんと言ったらいいのかわからない。
父親の死を伝えることが正しいのかどうか、わからない。
誤魔化すように紅葉を抱きしめた。
「おにいちゃん?」
「パパも、病院なん……だ……」
「いたい。いたいよおにいちゃん」
知らず知らず抱きしめる腕に力が入っていた。
「ごめんな、紅葉」
「ん……」
今度は意識して優しく柔らかく抱きしめた。
「おにいちゃん……」
「どうした?」
「もみじかえりたい! パパとママにあいたいよぅ……!」
紅葉が流した涙で楓の服が濡れた。ずっと我慢していたのだろう。堰を切ったように涙を流しわんわんと声を上げて泣く妹に、何もしてやれず何も言ってやれない自分自身が悔しかった。
紅葉はしばらく泣き続けて、そして疲れて眠ってしまった。今は静かな寝息をたてている。涙の痕が残っている妹の頬をそっと撫でる。何か夢でも見ているのか紅葉の狭い眉間には皺が寄っていた。
「紅葉、ごめんな」
楓はそっと眉間の皺を撫でてやり、無防備に体を預けてくる妹の体温を感じながらこれからどうするべきかを懸命に考え続けた。
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