第22話 少女の歓迎と敵対

「あー、ドキドキしてきたー」

 エレベーターは棗の緊張などお構いなしに一階に下りていく。

 終わってみれば長いようで短かった訓練期間を経て、晴れて棗は公安局へ初出勤となったわけだが、山崎以外とは今日が初顔合わせ。アバターで過ごすことに慣れ切った現代の若者には現実で多くの人の前に出るなど恐怖でしかない。

 せめてもの救いは道案内も兼ねて山崎が同行してくれるという点だけ。


 一階ロビーでは既に山崎が待機していた。


「おはようございます! すみません、遅くなりましたっ」

「おはよう。時間前だ、問題ない。制服のサイズは合ってるようだな」

「はい」


 制服とはいうものの、棗が着ているのは防護服だ。

 耐刃性能と耐衝撃性能を兼ね備えた、衛生局のロゴ入り防護服の上下。手には強化ラテックス製の抗菌手袋がぴったりと嵌められている。足元の編み上げブーツは鉄板入りの安全靴。脇に抱えたマスクをすっぽり被れば感染対策は万全である。


「では行こうか」

「お願いします」


 マンションの重い閉鎖扉が開く。

 棗は緊張した足取りで一歩を踏み出した。


「って、あれ?」


 扉の外はすぐに外、というわけではなかった。

 そこは狭い小部屋のような場所だった。


「まだ外ではない。ここはクリーンルームだ。外から戻った際にはここで全身の除染をしてから中に入るように。わかったか?」

「は、はい!」

「衛生局が感染源など洒落にもならんからな。重々気を付けるように」

「はい!」


 四年ぶりの、本当の意味での「外」。


「うわぁ」


 どんより曇った空もどこかか明るく見えた。


「棗くん、こっちだ」

「はいっ」


 マンションの隣の建物は高い塀に囲まれていて棗には壁しか見えなかった。

 山崎の後をついて歩くこと50mほど、壁はずっと続いている。

 壁の切れ目――門の所で、山崎が足を止めた。


「着いたぞ」

「え? お隣って衛生局だったんですか?」

「そうだが、言ってなかったか」

「聞いてないですよう」

「ともあれ、ようこそ東京都衛生局へ。夏目棗くん」


 高い壁の中は広大な敷地に地上四階層からなる建造物がその威容を誇っていた。

 一階部分は車輛駐車場と通用口。二階から上の階層には窓があったが全ての窓に鉄格子が嵌っているのが見て取れた。


 山崎にエスコートされて通用口から建物に入ると、棗の住むマンションと同じくクリーンルームになっていた。厳重に除染されてから、分厚い扉が点もマンションと同じだった。ただし衛生局の扉の方がより頑丈そうに見えた。


 扉をくぐったところで山崎がマスクを外すのに倣って棗もマスクを取った。


「そういえば、山崎さんはどちらにお住まいなんですか?」

「言ってなかったか? 棗くんと同じマンションだが」

「それも聞いてませんよぉ!」

「それはすまなかったな。ところで棗くん」

「はい?」


 笑顔から一転、わざとらしく表情をしかめ山崎は告げた。


「これから私は君のことを夏目、と苗字で呼び捨てにする。君も私のことは課長もしくは隊長と呼ぶように」

「了解しました、隊長」

「しましたは要らない。了解、だけでいい」

「了解」

「よし、では行くぞ」


 棗は山崎の後を追って階段を使用して二階へ辿り着いた。

 特別衛生部のオフィスは二階。階段に近い手前側から一課、二課、と並んで一番奥が三課のスペースだった。


 うわ、と棗は感嘆の声を上げた。

 生身の人間が大勢いる。

 その多くがこちらを――棗に視線を向けていた。

 興味、好奇といったプラスの感情ではあったが、棗にとっては未知の体験であり、緊張を加速させる要因でしかなかった。うまく歩けているだろうか、と考えたら余計に動きがギクシャクしてしまう。

 それでもどうにか一番奥に辿り着いたのだが、


「隊長、おはようございます」


 坊主頭の目付きの悪い男が門番のように仁王立ちしていた。


「おはよう木下。早いな」

「――そいつが例の新入りすか?」

「そうだ」

 

 坊主頭は首肯する山崎を押しのけるようにして棗に声をかけてきた。

 

「なあお嬢ちゃん、ちょっとツラ貸してくれんか?」

「おい、木下。やめろ」

「ワシはやめませんよ隊長。なあ、お嬢ちゃん。ここは遊びで来てエエとことちゃううぞ。酷い目見る前にとっとと帰りや」


「……はい?」

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