第21話 少女の配属と訓練
棗は山崎に教わるまで全く知らなかったのだが、マンションには地下フロアがあった。地下一階にいくつかある部屋のひとつ――二十平米はあるトレーニングルームで、棗は毎日ひたすら走っていた。
今はルームランナーを時速6㎞に設定して走っている。始めたばかりの頃は時速2㎞で20分もたなかったのに、どうにかこうにか走れている。フォームはバラバラになって息は完全に上がっているが。
指示されたトレーニングメニューの計画時間までなんとか走り切り、膝に両手をついてぜえぜえと息をつく。滝のような汗が流れ、Tシャツが肌にはりついて気持ち悪い。
「人の……体って……こんなに、汗が……出るんだね……」
新発見だ、と声にならない声で呟いた棗はペットボトルの水を飲み干し、別のマシンへ向かう。衛生局への正式な配属までにクリアしなければならない課題がある。狭い部屋の中で過ごしてきた棗の体を鍛えるのに時間はいくらあっても足りないのだ。
衛生局への書類を提出した翌日、再び山崎が訪ねてきた。
彼は棗に地下フロアを案内しつつ、
「衛生局特別衛生三課――つまり私の管轄部署に、棗くんの配属が決まった」
「ありがとうございます」
「礼を言うにはまだ早いがね」
というのも山崎曰く、
「30㎏の装備を背負って平坦道を時速6㎞で2時間走行、小休止を挟んで同じ距離を、計12㎞だ。これをこなせるようになってもらう」
「30㎏って」
「銃火器を含めた装備品だ。これでもうちの課は軽い方だぞ」
「そうなんですか……」
「時に棗くん、体重は?」
真顔で女子の体重聞かないでくださいよ、とは口にしない。
仕事に関する質問なんだろうと棗は見当をつけた。
「あ、えっと52㎏です」
正直に答えると、
「軽すぎる。60……いや62㎏まで増やすんだ」
「えっ」
「君は細すぎる。持久力と筋力をつけないと話にならん。いいね?」
「……はい」
持久力。筋力。21世紀も半分終わったというのに、身体を鍛えろとは。書類もデータじゃなくて紙だし、早まったかな、と内心で後悔しはじめている棗に山崎が追い打ちをかけてくれる。
「それから体力づくりとは別に、銃器の扱いも覚えてもらう」
「銃、ですか?」
「Zodiacには銃火器が効果的だからな。というかそれしか手段がない」
……Zodiacって発症者のことだよね、たしか。
「でも、どうやって覚えたらいいんでしょうか?」
と棗は尋ねた。
山崎はわざとらしく苦笑を浮かべてみせた。
「何のための仮想空間だと思っているのかね。実弾だと弾代も馬鹿にならんのでね、最近の射撃訓練はオンライン上でやる場合が殆どだ。現実での物理的なトレーニングとオンラインでの射撃訓練を二時間一セットとして、一日四セット行うように」
「そんなにですか」
「まだあるぞ。寝ている間は睡眠学習に充てるように。学習データは送付しておく」
――そんなわけで高校を退学したその日から、棗は走り続けていた。
「走ってれば配属扱いでとりあえず給料は出るし、ね」
走りはじめてから一週間は体重が減り続けて骨と皮だけになったらどうしようと怯えていたが、山崎が大量に送りつけてきた白飯と鶏肉を食べていたら徐々に体重は戻っていった。脂肪が燃焼されて筋肉がつき始めたらしい。なるほど?
仮想空間の射撃場で、山崎に監督されながら銃のレクチャーを受けたりもした。
射撃場はグリッド線と
「ハンドガン、マシンガン、ショットガン、ライフル。一通り試してみたと思うが、その中で棗くんが一番しっくりくるものを使い込むように」
「どれでもいいんですか?」
「構わんよ」
「じゃあマシンガンで」
「ふむ。理由は?」
「たくさん弾が出るのが良かったです。あと、ライフルは無理です。当たりません」
「なるほど。では今後はマシンガンとハンドガンを使って訓練してくれ」
「ハンドガンもですか?」
「ハンドガンはいわゆるサイドアームだからね」
「さいどあーむ?」
「副兵装のことだよ。メインで使う武器の他に予備として持つことが多い。まあ、ハンドガンしか装備したがらないヤツもいるがね。サイドアームは主兵装が何らかの理由で使えなくなった時に私用する。だから携帯性の高いハンドガンが適しているわけだ」
「そういうことなんですね」
「ちなみにマシンガンは近接戦用の兵装だ」
「近接?」
「塹壕戦で使われたのが最初だからね」
「ざんごう?」
「……気にしなくていい」
――三ヶ月後。
棗はすっかり健康的になった身体と、物騒な技術を手に入れていた。
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