第25話 閉鎖区で生きる者
朝日の下。
閉鎖区内の、人の気配のない細い道路の脇。
年季の入った白いミニバンが停車していた。バンはテールゲートを全開にしており、パンや飲み物が幾つかのケースに陳列されていた。解放区では今どき見かけることのない移動販売車だ。
ミニバンの傍に防護服で身を固めた中年男性が立っており、その男を相手にまだ幼さの残る少年が喚いている。
「高けーよ。おっさんもうちょいまけてくんねーと」
「いやいや、おっちゃんもここで商売するのに無理しとるんやから」
少年――
「ちっ、じゃあいいよ。このパンふたつとニセ牛乳ふたつで」
「ハイ毎度、コッペパンと代用乳をふたつずつで500円やな」
「ん」
安物の携帯端末から電子決済を行う。シャリン、と決済完了の音が鳴った。
今の時代、閉鎖区であっても決済は電子マネーだ。人の手から手に渡り、感染の可能性がゼロではない物理的通貨――紙幣、硬貨の類――が使われることは無い。
「ここんとこ毎回
楓はシャリンと100円が戻ってくる音にほくそ笑みつつ、
「おっさゃん毎回ソレ言うけどさ、面白くねえよ?」
「失礼なやっちゃ。これは故郷に伝わるおまじないなんやぞ。ああ、それとジャムとマーガリン付けといたったわ。これもサービスや」
「マジか。サンキューおっさん。次はいつ来る?」
破顔する楓に問われ、男は宙に視線を彷徨わせた。
「つーぎーはー……明後日やな。今日と同じくらいの時間に」
「わかった。また来るよ」
楓は紙袋を受け取り、移動販売車に背を向けた。
楓の住処は閉鎖区の一角にある雑居ビルの中にあった。
住んでいるのは発症者の出たまさしくその現場であるフロアだった。
閉鎖区で最も危険な汚染地域と言えるそこに居を構えているのには、閉鎖区で生活する者特有の理由があった。行政の手の及ばない閉鎖区内には独自の力関係があるのだ。新参者の楓には良い住処は回してもらえない。波風を立てれば済みにくい閉鎖区でもっと住みにくくなってしまう。
しかし考えようによっては発症者の出た現場の安全性は高い。物獲りも近づかないほどの汚染地帯だからだ。
「ただいま、っと」
楓は壊れた自動ドアを人力でこじ開け中に入った。自動ドアと異なりエレベーターは無事だが動かない。今は電気が来ていないからだ。なので非常階段を上がっていく。
三階。壁や床、あちこちに血痕が残っている。
「ただいま」
部屋の中は、元々あったオフィス家具を立てたり寝かせたりして目隠しを作り、居住スペースを確保してあった。目隠しの向こうから小さな頭がぴょこっと飛び出してきた。五歳くらいの少女が明るい笑顔で楓を出迎えてくれる。
「おにいちゃんおかえりなさーい!」
「ああ、留守番ありがとな
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