第19話 少女の逡巡と決断
姉を喪い、代わりに遺品のダンボール箱を得た。箱は部屋の隅に積み上げてあるダンボールの横に置いた。まだ開梱していない。開けてしまえば、姉の死を認めざるを得なくなる。
いや、既に姉の死は確定している。
それでも現実を受け入れることをどこかで拒否していた。棗はベッドに寝転び滲んだ視界でコンクリの天井のひび割れをぼんやりとみていた。
――一夜明けて、月曜日。
棗は学校へはログインしなかった。おそらくヘッドマウントディスプレイに確認のメッセージが来ているはずだが、棗はそれを無視した。
涙はとうに枯れていた。
頬に触れると涙の痕が残っていた。
そのまま天井を眺めつづけた。
一度、携帯端末に着信があった。姉はもういない。だから真一からだとわかる。
欠席を心配してのことだろう。
棗は通話する気になれず放置した。
窓の無い部屋に昼夜の概念は時計以外に存在しない。
――火曜日。
いつの間にか眠りに落ちていて、そして空腹で目が覚めた。
姉が死んでも眠くなるし腹も減る。
「はは」
乾いた笑いが漏れた。
およそ30時間ぶりにベッドから体を起こす。
背中が痛む。手先が痺れる。
水すら飲んでいなかったために立ち眩みを起こした。
棗はふらふらとダンボールに歩み寄り、ペットボトルを掴み上げる。
力の入らない指先で苦労してキャップを開けると、一気に飲み干した。
すると今度は腹がが鳴った。
カロリーバーを二本続けて貪った。飢えと渇きは満たされた。
「体は生きろ、って言ってるわけね……」
深く吐息して部屋の片隅を見やり、
「お姉は私にどうしてほしい?」
尋ねても遺品のダンボールは何も言わない。
棗はダンボールの封をしているガムテープを剥がした。開ける。文房具や私物のクッション、タオル、衣類。それらの上にフォトフレームがひとつ。
フォトフレームの電源を入れると、二人の少女が一緒に並んでいる画像データが表示された。それは文と棗だった。4年前の姿。しばらくたつと画像が自動で切り替わった。今度は4人写っている画像。二人と両親が、以前の家の前で笑っている。また切り替わる。今度は棗の画像。姉にせがまれてこの部屋で自撮りした画像。切り替わる。衛生局の防護服を着た人たちが集まって撮った画像。山崎の姿もあった。切り替わる。また、棗の画像。切り替わる。棗の画像。棗の画像。棗の画像。棗の画像。
「お姉……」
枯れたと思っていた涙がまた溢れた。
「お姉、私はどうしたらいいの……」
棗は声を上げて泣いた。
――水曜日。
これで三日連続で学校を欠席だ。
「学校かあ」
今の棗にはどうでもいい。
真一は気にしてくれているだろうか。
そういえば昨日は着信なかったな。
「まあ、いいか」
カロリーバーとペットボトル。いつもの食事。
「今日がリミットだし、決めないとね」
衛生局の山崎が提示した選択肢はみっつ。
このままここに住み続ける。
どこか地方へ引っ越す。
衛生局に就職する。
どれを選んでも後悔しそうな選択肢ばかり。
棗は姉を思った。
姉の取った選択を。
両親が死んだ――殺された時、姉が取った選択はみっつめだった。
なんのために。
復讐?
ではない。
姉はそんな人ではなかった、と棗は思う。
きっと私のために。私を護るために。
そのために、危険にその身を投じた。
ならば私は?
なんのために?
護る相手もいないのに。
私はひとりだ。
姉という唯一最大の庇護者を喪って、この世界にたった一人。
……だから私は、私のために選択する。
山崎に連絡するために携帯端末を取った。
その時気付いた。知らない間に着信履歴が多数入っていることに。
それらは全て、真一からだった。
月曜に一度着信があったあと、火曜は0件だったのに、今日になってからはメッセージと着信が交互に大量に届いていた。
「シンイチィ……。やめてよね。せっかく決めたのに。覚悟が鈍るじゃん」
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