第16話 少女の過去と未来
夏目家は四人家族だった。
両親。
姉の
九つ年下の妹の棗。
四年前までは――
Zodiacが全世界で発見された2040年以降、それまで緩やかに変わりつつあったワークスタイルは急激な変化を遂げた。翌年制定された濃厚接触禁止令に基づき、在宅でのオンラインを用いた業務が主流になった。それに伴い営業所や本部といった機構もオンライン上へ集約され、労働力の機械化も進んでいった。
とはいえ全ての労働が機械に代替されたわけではなかった。
大規模拠点から中小規模拠点への物流網を担う運送業者、医療従事者、インフラ整備事業者。そして保健所・警察・消防が統合され再編成され誕生した衛生局に所属する者等々。それらの人々は社会生活を支える存在として、日々外出し働いていた。
そして棗の両親は、ふたりとも医療機関に勤めていた。
――四年前、2047年のことだった。
擬陽性の患者が両親の勤務する医療機関に運び込まれ、発症した。医療機関での発症にもかかわらず対応は遅れに遅れ、レベル5に達した。その時院内にいた医師、看護師、患者は全てZodiac化した発症者に惨殺された。
当時、棗は11歳、姉の文は20歳だった。
文は即座に大学を中退し、衛生局への就職を志願した。
試験を通過した文は実家を引き払い衛生局の借り上げているマンションへの引っ越しを断行したのだった。ワンルームを並びで二部屋賃貸し、文と棗それぞれが一部屋ず使うこととした。衛生局で働くということは感染のリスクが常にあるということであり、文は棗との物理的接触を断つことに決めたのだった。
その日以来、棗は画面越しかオンラインでしか姉と会っていない。
だが、
その姉も、
今日、
死んだ――
棗はバスタオルを巻いたままでベッドに横たわっていた。
「お姉」
呼んでみても返事は無い。ただ狭い部屋に自分の声が響くのみだ。
「お姉! お姉!!」
繰り返し叫べど何も変わらない。
変わったのは未来だ。
たった今、無味乾燥な、それでも安穏としていた現実は終わりを告げた。不確かな未来だけが棗の隣に横たわっている。涙で滲んだ世界にひとり取り残され、呻くように呟いた。
「……誰か……だれかたすけてよ……」
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