第10話 特別衛生三課第四班、接触

 東京都衛生局特別衛生三課の第四班を預かる木下は頭部をすっぽりと覆うガスマスクの中で口をへの字にひん曲げながら上司――隊長への報告を行った。


「四番から各隊へ。三階にて負傷者発見。右腕上部に噛み傷と思われる裂傷あり。負傷者の意識は混濁。発症レベル3相当と判断します」


 時代遅れの老朽化したオフィスで木下が見つけたのは腕に噛みちぎられた後のある白髪混じりの男だった。発見した時点で既に意識は混濁しておりレベル5に到達するのも時間の問題だろうと考える。

 隊長も同じ判断を下した。指示は「厳重に保護」して後送だった。つまりはして後送せよ、という意味だ。


「タケ、ブン。一分やるからその爺さんを『厳重に保護』しろ。警戒には俺が当たる」

 二人の部下に指示を飛ばしながら、オフィスの唯一の出入り口からは視線を外さない。

 防刃性の上下に安全靴、防弾ジャケット。背負ったバックパックには各種備品が詰め込まれている。防御に関してはまずまず安心できるものだが、

「肝心要の武器がコレやからなぁ」

 と漏らしながらも油断なく私物のナックルガードを装備した両手で拳銃を構える。

 コルトガバメントM1911。

 前世紀初頭に米軍で制式採用された稀代の名銃。

 とはいえ、

 ……もう骨董品の類やぞこんなモン。せめてM45A1CQBPにならんもんか。

 木下は胸中でぼやく。

 人間の犯罪者相手なら十分過ぎる火力だが、Zodiac発症者に相対するには心許ないというのが木下の正直な意見だった。上司に具申したことも一度や二度ではない。


「まだいなや。頼むで」


 足元で拘束用のテープを巻き付けている音が耳触りに響いている。

 ……はよう、早う終われ。


 第四班の武器は木下の持つガバメントの他に二挺のショットガン――レミントンM1100が配備されており三課でも屈指の火力を誇るのだが、その二挺を扱う人員は今も負傷者の保護に手を取られている。

 それに発砲許可もまだ出ていない。あのクソ隊長、さっさと判断せんかい!


「せめてヒツジかヤギで頼むで……」

「完了しました!」

 遅せえ、という言葉をどうにか飲み込んだ木下は二人に次の指示を出す。

「その爺さんを部屋の外まで連れて行くで。階段前に転がして後は九班に丸投げや。タケが前衛、ブンが担いで運んでくれ。俺が後ろを固める」

「「了解」」

「ブン、危のうなったら爺さんは捨てえ。ええな」

「……はい」

「救える命から救わんといかんでな。なんもかんも救えるほど俺らの手はデカくないんやからな」

「了解です」

「ですは要らん」

「了解」

 第四班が部屋を出たその時、新たな無線を受信した。


『五番より各隊。四階、生存者無し。血の海です』


「クソが、ヒツジとヤギの線は消えたなぁ……。ブン、もうそこでええから爺さんを降ろしてレミントン構え」

「了解」

「タケ、全周警か――」


 い、という前に木下の目に飛び込んできたのは、廊下の突き当りの部屋から出てきた発症者の姿だった。反射的に叫ぶ。


「四番より各隊! 発症者に遭遇、レベル5! Zodiacや!!」

 

 口と手を赤く血に染めている発症者はゆらり、とこちらに顔を向けた。

「タケ、ブン! オフィスまで後退。上の五班と挟撃や」

 叫んでいる間にも発症者はこちらへとにじり寄ってくる。


『了解。隊長より各隊。これより発症者を目標01ゼロワンと呼称する。以後は救助ではなく殲滅だ。総員全武装解禁。繰り返す。総員全武装解禁、訓練通り処理せよ』


「いつもいつも遅いんじゃアホゥ!」


 隊長が下した全武装解禁の指示――つまり発砲許可と同時に木下は発砲した。

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