第7話 当世高校生逢引最中
ぜーはーと息を切らせて仮想空間にへたりこむ棗をよそに、真一は仮想空間の宙に浮いたコンソールを操作していた。何も無い空間に二脚の椅子とテーブルを一卓オブジェクトとして設置する。
「棗、座ったら?」
ついでにテーブルにお茶と菓子を具現化。これらは勿論栄養にはならない。ただの気分だ。
「シンイチ、なんかこーゆーこと手馴れてない?」
「そ、そんなことないって」
この日に備えてネットでデートマニュアルを読み漁ったのだ。
真一も内心ではドキドキしっぱなしである。
「ふーん。いいけどね」
「ならなんでそんな顔してんだよ」
「そんなってどんな?」
リスみたい、と言い掛け言葉を選び結局、
「膨れっ面」
と言ってしまう。
「むー」
棗はますます頬を膨らませる。フグかハリセンボンかな、と真一は思う。どっちも動画でしか見たことはないけれど。
「機嫌直してくれよ。折角のデー……」
「デー……?」
棗はイヒヒと悪戯っぽく笑った。
「デート、なんだから」
「ま、今ので許してあげましょう」
「俺は何を許されたんだろうか……」
よくわからない。
まあいいや、と思うしかない真一であった。
そんな真一に棗は問うた。
「それで、今日はどうするの?」
「どこにでも跳べるから、観光地行ってみないか? 世界遺産とかそーゆーアレ」
「うっそ!?」
「マジでマジで。ちょっと軍資金が入りまして」
「うわ、すごいね。私ここでずっとお喋りするんだと思ってた」
「流石にそこまで無計画じゃねーよ」
「……私はそれでもよかったけどね」
棗のぽそりとこぼした呟きを真一は聞き損ねた。
「ん? なんか言った?」
「なんでもなーい」
観光地に行く、といっても仮想空間にデータをダウンロードしてくるだけである。とはいえそれにも費用はかかる。
――2020年の新型ウイルス感染症の世界的な蔓延は、当時存在したあらゆる業種、業態、サービスに甚大な被害をもたらした。とりわけ旅行業及び旅客運送業は長期間に渡る外出自粛要請に伴う経営不振によって、壊滅的と言っていい損害を被った。感染症終息後、両業態は僅かずつ需要を取り戻しつつあったものの、2040年のZodiacの世界同時発生により民間人の外出は自粛要請どころではなく厳重に管理されることとなり、産業として成り立たず消滅した。2051年現在、現実世界での観光旅行はごく一部の特権階級にのみ許された遊興になり果てたのである。
したがって民間人にとっての「旅行」は現代ではオンラインでの疑似体験を指す。
とはいえ海外の世界遺産のデータともなると高校生の小遣いではおいそれと手が出せる金額ではない。真一にしても隆志からの援助がなければ到底無理であった。
……アニキには世話になりっぱなしだよなあ。早く金稼げるようになりたいね。
そんな風に思う真一の横で、棗は楽しげに世界遺産のサムネイルリストを眺めていた。
「ねーねー、どこにする? マチュピチュとか?」
「マチュピチュって言いたいだけだろソレ」
「バレたか」
「せっかくだから外国の方がいいよな」
「私はどこでもいいよ。シンイチと一緒なら」
「おっ、おう」
真一は今はデートに集中しようと思った。
こんな機会は、次にいつ訪れるかわからないのだから。
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