第5話 当世高校生逢引準備

「初デートって、そんな急に……、もうっ」

 優美は頬に朱を散らしくねくねしながら手で顔を扇いでいる。

 その隣の席で、隆志は眉根を寄せて記憶を遡っていた。

「優美との初デートつーと何年前だ? えーと? 十年以上前か? つうかシンイチ、お前そんなこと聞いてどーすんだ?」

 問われた真一はビニールシート越しの曖昧な表情で、

「いやあ、参考までに」

 全く答えになっていないが、そう答えた。


 訝しげな表情の隆志はビール片手に追及の手を緩めない。

「参考ってなんだオマエ、デートすんのか?」

「えー、まあ、一応」

「あらあらまあまあ!」

 目線を逸らして答える真一に、赤面状態から復帰した優美が食いついてきた。

「真一くんにもそういう相手がいるのね! どんな子なのかしら!?」

「……棗だよ。ガキの頃近所だった棗、ってやつ。今、同じクラスなんだ」

「あら、すごい偶然ねっ」

「今の学校のクラス分けは全国の生徒全部でやるんだろ? 幼馴染と同じクラスになるなんてこともあるんだな」


 現在、日本の教育機関は全てオンライン化しており、地域による区分けに意味は無い。完全に能力別にクラスをAからEに振り分けられているのだった。真一の所属するC組は文字通りCommonふつうのクラスだ。


「なんか、奇跡的に一緒のクラスになったんだ」

「で、その幼馴染とデートすんのかシンイチ」

「うん。そんなわけで参考までにアニキと姉さんの初デートについて教えてもらいたいなあ、と思ってるんだけど」

 真一が素直にそう告げると、隆志は優美に視線を投げかけて、

「渋谷だか池袋だかのプラネタリウムに行ったんだっけか」

「そうそう。隆志さんすぐに寝ちゃって、私一人で見たのよねぇ」

「……その節は誠にすまんかった」

「いいですよー」

 口角は上がっているが目は笑っていない。

 実の姉の怖さの片鱗を味わいながら、真一は疑問を口にした。

「渋谷とか池袋って東京の昔の地名だよね。わざわざ家から出て行ったの?」


「あー、あの頃はまだギリギリ外出制限がかかってなかったからなあ。まだZodiacが見つかってなかったんでな」

「禁止令も出てなかったものね」

「そっかー。全然記憶にないなあ……」

 と真一が唸ると隆志はしたり顔で頷いた。

「俺らが付き合いはじめた頃、シンイチはまだみっつかそこらくらいだったろ。そりゃあ覚えてないわな」

「うーん」

 真一は腕組みをして考える。


 歴史の教科書によるとZodiacが発見されたのは2040年、濃厚接触禁止令の発令と施行は2041年だったはずである。隆志と優美の付き合いはそれより前なのか、と改めてふたりの築いてきた歴史に感動すら覚えた。


 そんな真一に優美は微笑みと共に問いかける。

「真一くんはオンラインでデートするのよね?」

「うん」

「あー。最近はアバターとかいうのを使ってネットでデートするんだっけなあ」

 機械音痴の隆志は苦い顔。

 そういうものだと理解はしているがなんだか居心地が悪い、といった風情だ。

「それなんですけど……」

「なんだ?」

「……会うのはオンラインなんだけど、生身ナマで会うんだ」

「あらあら! すごいじゃない真一くん」

「そうなん?」

 と、隆志はハテナ顔をした。

 優美は教師のようなジェスチャーで隆志に説明する。

「アバター越しじゃないデートなんて恋人同士じゃないとしませんよ」

「へえー。やるやんシンイチ」


「で、どこに行こうかな、と思ってさ」

「よっしゃ。俺が軍資金をやるから有名観光地に行ってこい」

「有名観光地?」

「ああ? よく知らんけど世界遺産とか? 現実リアルじゃ行けないとこに行って来い。折角のオンラインデート、なんだろ?」

「アニキ、ありがとう」

「いいってことよ」

 照れくさそうに笑う隆志に、真一は感謝した。


 真一が呑気にネット授業を受けていられるのもこうしてデートの段取りができるのも全て義兄が体を張って稼いできた金銭があればこそなのだから。

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