第4話 当世高校生家庭事情

 真一は腕時計型デバイスの着信音で自分がいつの間にか眠っていたことに気が付いた。届いたのは夕食を知らせる姉からのメール。件名には「至急」とも書かれている。


「よっこいせっと」


 真一はベッド兼椅子から体を起こし、狭い部屋から脱出する。するとこれまた狭い廊下があり、その先にこぢんまりしたダイニングキッチンがあった。この他に主寝室がひとつ。来島家の間取りは2DKである。セキュリティのしっかりしたマンション暮らし。現代においては恵まれた住環境であると言える。


「お待たせしやしたー」

「おう、遅せえぞシンイチ」

 LDKに入った真一を迎えたのは野太い男性の声。

「アニキ、帰ってたんだ」

「おうよ。久しぶりだな」

 ダイニングテーブルの奥側に座って缶ビールをぐいぐい飲んでいるのは真一の義兄、佐藤隆志だ。デニム素材のつなぎの上半分を脱いでTシャツ姿で晩酌を楽しんでいた。

 筋骨隆々の無精ひげの強面だが、笑うと人懐っこい表情になる義兄に、

「おつかれっすアニキ。大丈夫だった?」

「俺を誰だと思ってんだ。この道十年のベテランドライバー様がトチるわけねえだろうが」


「はいはい。そういう油断が事故の元なのよー」

 とキッチンから姿を見せたのが真一の姉にして隆志の妻、佐藤優美である。

 次々に料理を並べていく。

 鶏の照り焼き、サラダ、白飯、味噌汁、隆志にはそれとは別に酒の肴が幾つか。

 全て三人分、別々の皿に盛りつけられている。

 ダイニングテーブルが、天井から吊り下げられたビニールシートによって四分割されているためだ。

 このビニールシートは国の法令――濃厚接触禁止令によって設置が義務付けられているものであり、違反者は摘発の対象となるのであった。


 夕食を摂りながら、

「いつもながら邪魔くせえなこのビニールもよ」

 と、隆志がぼやいた。

「隆志さん、お箸でつつくのやめてください」

「俺がシンイチくらいの頃にゃこんなもんなかったからなあ。十年経っても慣れやしねえ」

「昔はどんな感じだったの?」

「そりゃあこんなビニールシートなんざなくてな、大皿に盛りつけられた料理がどーんどーんって並んでたもんよ。それを皆でつつくのさ」

「うっわ、不衛生」

「不衛生、か。……そうだな。でもそれがあの頃はアタリマエだったんだよ」

 現代日本には「大皿料理そのアタリマエ」はもはや存在しない。ソレはとうに廃れた文化だった。家庭内でも濃厚接触を極限まで減らすことで、国はウィルスに辛うじて対抗できているという現実がある。

 だからこそ、真一は義兄の身をつい案じてしまう。

「家の中でもこんなにしてるのに、外に出て大丈夫?」

「外に出ねえと俺ぁ仕事にならねーだろーがよ」

「それはそうだけど」

「まあ長距離トラック転がすのは危険もあるけどな。その分カネになる」

 今の暮らしを支えているのは隆志の収入なのだ。危険だからやめます、というわけには当然いかない。

「安全運転でお願いしますね」

「おうよ」

 妻の言葉に歯を見せて笑う夫の姿、真一はそれを見て微かな安堵を得る。


 2051年現在、全ての仕事がオンライン化したわけでは勿論なかった。社会生活を支える一部の物流とインフラ関係、医療関係の仕事はいつでも引く手あまただ。常時人手不足なため、最前線の労働者は疲弊しきっている。


「――シンイチは在宅でしっかり稼げる仕事に就けよ」

「う、うん」

「お前じゃ、体力なさすぎて現場じゃ使いもんにならねえだろうしな」

「ひでえなあアニキ」

「なら俺の教えた筋トレをちゃんと毎日やれ」

 真一は「うーい」と生返事をして、話題を変えた。

「ところでさ、ふたりの初デートってどこだったの?」


 姉と義兄が同時にむせたのを見て、真一は心からの笑みをこぼした。

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