第3話 当世高校生恋愛事情

「あー、終わった終わった」

 今日のカリキュラムを終えた来島真一は取り外したヘッドマウントディスプレイを放り投げ、大きく伸びをした。

 果てしなく広い仮想空間と異なり、狭い八平米ほどの限られた空間が彼の個室だった。窓無し、シャワーあり、トイレあり。小型冷蔵庫あり。そんな彼の個室の大部分を占めるのはベッドにもなるデスクチェアだった。十分なクッション性とフィット感、圧力分散で腰に負担もかからない。真一は一日の大半をこのベッド兼椅子の上で過ごしている。


「100人からいるのになんで指名されるかね。ビビるっつーの」

 腕に嵌められた時計型デバイスを操作すると先程の授業中の心拍と発汗が異常値を出していたことが分かった。健康状況を確認せよとのアラートまで出ている。


 デバイスからの呼び出し音コール

「誰だよ。って、なつめか。マジすか。急げ急げ」

 上がる心拍。発汗もだ。

 健康状態確認アラートは無視。

 投げ捨てていたヘッドマウントディスプレイを慌てて装着しなおし、通話をオンに。


「はいはい俺ですよ」

「シンイチおそいよー」

 と可愛らしい猫型アバターが怒りマークを付けてプリプリしていた。

「これでも急いだんすけど」

「あはは。さっきはお疲れさまだったね」

C組平均点の生徒に過度な期待をしないで欲しいよなー。マジ焦った」

「えー、でもちゃんと答えてたじゃん」

「いやもう心臓バクバクよ?」

 今の方が心臓バクバクだが、それはおくびにも出さない。

 猫のアバターがくるくると動きまわり、

「冗談ばっかり言って、変わらないねシンイチは」 

「そうかな」

「そうだよー」

「……なあ棗」

「なあに」

「あのさ」

「うん」

 心拍、呼吸、発汗。異常値。アラートがうるさい。無視する。

 真一は“キヨミズノブタイカラトビオリル”気分で言った。

「今度、生身ナマでチャットしねえか?」

「えっ」

「……」

「…………いいよ」

「マジで?」

「マジで」

「よっしゃーい!」

「もう、馬鹿。恥ずかしいよシンイチ」

「わははっ」

 現代の学生はアバターを用いて仮想空間の学校に所属しているのが一般的であり、アバターを用いずに生身での接触は家族かそれに近しい関係性の者に限られる。たとえそれがチャットであっても生身プライベートを晒すことは極めて稀なことである。

 そうした理由から、中高生の間では「生身でチャット」はデートの誘いと同義とみなされているのであった。


「私の顔なんか昔から知ってるでしょ」

「つっても10年前に見たのが最後だろ?」

「……あのさ」

「なんだよ」

「あんまり期待、しないでね」

「おっ、おう」

「じゃあ、土曜でいい?」

「いいよ。一緒に映画でも見る? どっか観光地に?」

「それはシンイチに任せるよ。ちゃんとエスコート、してよね」

「おう」

「じゃあね。ばいばい」

「またな」


 通話を終えた真一を待っていたのは、デバイスからけたたましく鳴り響く、身体異常を知らせるアラート音だった。心拍、発汗、呼吸の異常。


「そりゃドキドキするっつーの!」


 真一はわめきながらアラートを全て止めたのだった。

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