Modern high school life / 当世高校生日常風景

第2話 当世高校授業風景

 仮想空間の教室に、老若男女どころか、着ぐるみ、動物、空想上の生物までありとあらゆるアバターが等間隔に着席している。空間の最前列には教師型アバターが立っており、ボードに画像を表示している。

 画像は、安っぽいマスクで口元を覆った人々が列を成しているところを遠くから撮影したものだった。

「これは2020年のものだ。何をしているところか分かる者はいるかね?」

 教師の問いに100体からいるアバターは無言で応えた。

 これが国立第三高校一年C組の、いつもの授業風景である。

 教師型アバターは大げさにやれやれとジェスチャー。

「……仕方ない。ヒントをやろう。この画像に映っている列の向こうにある建物はドラッグストアと当時呼ばれたものだ。さて――」

 ざわついていた教室が静まり返る。

 この教師はヒントの後に必ず誰かを指名するからだ。

「――来島くるしま

 指名されたのは血塗れのウサギの着ぐるみのアバターだった。


「げ」

 来島真一はベッド一体型チェアに横たわった状態で短いうめき声をあげた。音声出力は直前にオフにしていたので、教室あちらには聞こえていない。

「マジかよ、俺かー」

 装着したヘッドマウントディスプレイが真一の視界に与える映像は、一年C組のアバターが揃って自分を見ているというもの。観念して音声出力をオンに。

「あー、はい。ええと、買い物? ですかね?」

 変声機能ボイスチェンジャーで真一の声は少し幼い感じの少年のそれに変換され、一年C組の仮想空間へと響いた。


 真一の回答に、教師型アバターは満足げに頷いた。

「そう、買い物だ。では何を買い求めているか、何故に列を成しているか分かるか?」

「ドラッグストアって先生言ってたから、麻薬ヤクっすか? 常習者が列を作ってる、とか」

「不正解だ。ドラッグストアは医療品を中心とした一般生活雑貨取り扱い店舗のことで非合法ドラッグを扱う店舗ではない」

「す、すんません」

「列を作っているのは、当時品薄であったマスクを買い求めてのことだ。新型ウィルス感染症の見えない脅威に当時の人々は晒されていたのだ」

「……列作らずにネットで注文したらいいんじゃないすか?」

「もっともな意見だが、当時は現在ほど物流網が整備されていなかったし、買い占め、転売、詐欺も横行していたからな。何よりネット通販を利用できないもしくはしない層が一定数存在していた」

「マジすか」

「信じられんかね? だがそれが事実なのだ。来島、他に画像から気付いたことは?」

 まだ俺に振るんかい、と思いつつ、真一はそれでも考え、答えた。

「えーと、人の距離が近すぎ、ですかね。法令違反じゃないすか?」

「前半部分は正解だ。濃厚接触にあたる距離感で列を作っている。ウィスル対策のためにマスクを買い求めてウィスル感染のリスクを冒しているというのがこの画像の皮肉なところだ」

 クラスのあちこちから笑いが漏れる。

「諸君はなまじ現代の知識があるからこれを滑稽と思うかもしれないが、当時の人々は真剣だったのだよ。自分と家族を守るために危険を冒していたのだ。無知であるということは往々にして愚行を産むものだ」

 と教師型アバターはフォローのようなそうでないようなことを言った。

 そして、

「さて、来島の回答の後半部分、法令違反の件だがそれにはあたらない。当時は濃厚接触禁止令は制定されていないからだ。この法令が制定されたのは10年前のことだ。諸君が5歳か6歳の頃の話だな」


 この後、話は盛大に脱線し終了の電子音チャイムが鳴るまで延々と法令の話が続いたのだった。

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