第9話 逃亡

 起床して冒険者ギルドから出る。


 昨晩のゴブリン狩りの収益は二百五十万円にもなったがすべて貯蓄に回した。


 なにしろ転移のスキルを購入するために一億円も貯めなければならないのだから無駄遣いはできないのだ。


 ゴブリンの集落へ向かいながらホブゴブリンの長友圭祐ながともけいすけのことを考える。


 ゴブリンに転生して成り上がっていく人気ラノベがあったが……、長友は俺のような転移者ではなく転生者ということだろうか。


 それだとあのスニーカーの説明ができないので長友は転移者?


 それとも他の転移者から転生者の長友が奪った?


 ことわざにも触らぬ神になんとやらとあるように、長友とは関わらずにスルーしようかとも思ったがやはり少しでも情報を得るべきだろう。


 もしものときは逃げればいいだけだ。





 そろそろゴブリンの集落に着く。


 昨日さんざんゴブリンを狩ったせいかここまで接敵しなかった。


 昨晩考えた設定を反芻する。


 今朝目覚めたら知らない森の中にいた。


 森をさ迷ってゴブリンの集落まで来てしまった。


 ゴブリンがいたので鑑定したら日本名だったから話しかけた。


 (うん、完璧だな!)


 スニーカーを脱いでおくのも忘れない。





 集落のなかを覗くと広場で長友がぽつねんと佇んでいた。


 小さい角がなかったら緑色の肌をした日本人にしか見えない。


 「こんにちはー」


 日本語で挨拶してみる。


 「え!?日本語!?」


 「えーと、ここはどこですか?なんか気づいたら森の中にいて……」


 「ああ、今日こっちに来たんですか」


 なんかいい奴そうだ。





 考えておいた設定を話し終えるとうんうんと頷いていた長友は口を開いた。


 「僕もこっちへ来てまだ日は浅いので、この森から出たことがないのですよ」


 「あれ?転生者ではないのにゴブリンの姿なの?」


 「それは……、あのポンコツ女神のせいですよ!」


 (女神?)


 「この世界へ渡ってくるときに女神から何か要望がないか訊かれたので――」


 話を要約すると、種族の変更もできると聞いた長友は国民的人気アニメ「龍玉」に登場する某戦闘民族を希望した。


 だがこの世界に某戦闘民族は存在しておらず、考えあぐねた女神は「龍玉」に出てくる緑色の肌をした神様に目を付ける。


 女神は考えた。あの種族なら金髪に変身はできないけど進化をすれば姿を変えることが出来ると。


 そしてこの世界に降り立った長友はゴブリンになっていた。





 「……」


 酷い話しだ。


 「あんのクソ女神め!次会ったらぶっ〇してやる!」


 長友が荒ぶっている。話題を変えたほうがいいだろう。


 「と、ところでさ、長友くんは小鬼ゴブリンから中鬼ホブゴブリンに進化したんだよね?ということは最終的には大鬼オーガになるってこと?」


 「すいません、取り乱しました……、えっと進化先ですよね。ホブゴブリンからは分岐してオーガか鬼人族のどちらかを選択できます。僕は見た目が人に近い鬼人族を選ぼうと思っています。進化は打ち止めになりますが人に戻りたいですからね」


 「へー、進化先を選べるとか某ラノベみたいだね」


 「まったくです。しかも食べた相手のスキルも覚えることが出来るんですよ!」





 時空干渉を発動した。


 時間の流れが緩やかになる中で破顔する長友を見つめる。


 (喰った相手のスキルを奪うとか危険すぎる)


 この笑顔に騙されてはいけない。


 元は人でも今はゴブリンなのだ。


 俺はゴブリンの集落を出て脱兎のごとく走り出した。


 長友からは俺が突然消えたように見えるかもしれない。


 しかしそんなことはどうでもいいことだ。


 今は少しでも長友から離れなければならない。


 俺はゴブリンの集落が見えなくなってからもしばらく走り続けた。


 

 

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