第12話 スーパーストリートビュー
石和の前に置かれたiPadを横に座った門野が覗き込んでいる。二人が眺めているグーグルのストリートビューは、撮影された風景をパノラマ写真で提供するインターネットサービスだ。画面を操作することで利用者が実際に道を歩いているかのように周りの景色を移動させて見せることができる。
門野:
「ここ、どこか分かりますか?」
石和:
「こんなに荒れ果てた状態じゃね。瓦礫だらけで何が何だか・・・・・・。おっ、ここは分かるよ。雑草だらけだけど六十五号棟の公園だ。ブランコや滑り台などの遊具が見えないけど、朽ちてしまったんだろうね」
「ここからメインストリートを南下して・・・・・・って、道狭いな~。こんなだったんだ。この辺は住んでいた三十一号棟のあたりだね。あっと間の移動だ、狭いよね。しかし、よくもまぁ、こんなにボロボロになったもんだね。見るに堪えないって感じだよ」
しばらく、二人でiPadを眺めながら話をしていた。他の三人は文木の写真と思い出話で盛り上がっている。
石和:
「ふぁ~。おっと失礼」
どこを見ても瓦礫だらけの映像にちょっと飽きてしまった石和が大きな欠伸をした。
門野:
「退屈ですか? 眠そうですね」
石和:
「うん。廃墟、瓦礫、雑草ばかりの映像だからね。ちょっと飽きてしまった。しかも撮影された範囲の映像を眺めるだけだからね。自分が見たい、行ってみたいところに自由に行ける訳でもないしね」
門野:
「石和さん、このゴーグルをかけてみませんか」
そう言って、門野が鞄からゴーグルを取り出した。
石和:
「おっ、そんなものを鞄に入れていたんだ。バーチャルリアリティ(仮想現実)?」
門野:
「わっ、さすがIT屋さん。でも、ちょっと違うかな~。まっ、かけてみてください」
石和が手渡されたゴーグルをかけた。
石和:
「おっ、CGじゃないね。本当の軍艦島の映像だ。ストリートビューのゴーグル版? iPadで見るよりは映像の世界への没入感がすごいな。本当に軍艦島にいるみたいだ」
石和が首を上下左右に振ると、ゴーグルの中の映像も景色を変える。
門野:
「そうでしょ~。凄いでしょ~」
ゴーグルの外の世界、つまり実世界から門野の声が耳に届いた。
石和:
「これ、移動もできるの?」
門野:
「はい。石和さんが行きたい方向を見て心に思えば、その方向に映像が動きますよ」
石和:
「え~なんで、なんで? どういう仕組み?」
門野の声は聞こえない。
石和:
「まあ、いいや。よし、こっちに行ってみよう。それ、おっ、動いた。こりゃ面白い。動きも滑らかだ」
「どこにでも行けますよ。移動範囲に制限はありません」と、実世界からの声が聞こえる。
石和:
「階段を上って建物の中にも入って行けるの? どれどれ、おっ、部屋の中まで行けた。こりゃ~すごいな。こんなに隈なく映像を準備するって大変だっただろうな。こりゃ~グーグルのストリートビューを完全に超えている」
実世界からの反応はない。
石和:
「門野さん?」
気になって石和がゴーグルを外した。目の前に門野がニコニコしながら座っている。文木達はこちらの様子を気にするでもなく写真を手に盛り上がっていた。
門野:
「どうぞゴーグルをかけてください。もっと面白いものが見られますよ」
石和:
「う、うん。いや~しかし、これは凄い。信じられないよ」
そういいながら、石和が改めてゴーグルをかけた。
石和:
「おや、なんか様子が違うな。瓦礫がないし、建物も壊れていない」
「閉山した一九七四年(昭和四十九年)当時の映像ですよ」と、実世界からの門野の声だ。
石和:
「え~これまたびっくりだ。どうやって映像を準備したんだ?」
また、首を上下左右に振りながら石和が興奮して声を上げた。それからさっきと同じように、行きたい方向を見定め思いの方向に映像を進める。石和が暮らしていた時代の軍艦島の風景がどんどん飛び込んでくる。驚きと感動、その没入感の凄さに開いた口が塞がらない。
「まだまだ、もっと面白いことが待っていますよ」と、現実世界の門野が優しい声で語りかけてきた。不思議なことに文木達の声は聞こえない・・・・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます