第11話 駆除とエゴ

石和:

「じゃ、軍艦島での猫のエピソードをお話ししましょうか」

 そう言って石和が静かに話を始めた。和気あいあいと話をしていた今までとはちょっと顔つきがちがう。


「閉山で人が島を離れる頃にも、軍艦島には沢山の野良猫がいたことは以前話をしました。実は、島に残される野良猫たちの行く末を案じて駆除をするという決定がなされました。ほとんど土や緑がなくコンクリートの建物が乱立する特殊な環境では、捕獲する獲物が果てることがないと誰も思わないですし、高い岸壁に囲まれていては海から獲物を得るなんてこともできませんからね」


「それまでは、釣り人からお零れの小魚をいただいたり、残飯を漁ったりということはできたのでしょうが、そう考えると野良猫たちは人間がいたからこそ生きていられた訳で、島に残されてもやがては飢え死にしてしまうことになると。もし仮に生き残っても、今まで人間に寄り添うことで不自由なく生きてきた猫たちを無人島に置き去りにするのは余りにも哀れだということになり、可哀想だがいっそのこと駆除する方が猫のためだろう・・・・・・それが人間の責任だと判断した訳です」


文木:

「え~っ、そんなことがあったの?」


門野:

「なんだか寂しい話ですね」


原澤:

「まあ、それが現実ってやつだよね。初参加の門野さんにはいきなりシビアな話になってしまうけど」


石和:

「捕獲した猫を役所に持って行くと幾らばかりかのお金がもらえるとあって、捕獲に精を出している若者達もいたそうです。さすがに棒を持って猫を追い掛け回す姿とか、捕まった猫が袋詰めにされているとか、そういうものを見ることはなかったので、どのくらい成果を上げていたのかは分かりませんけど」


「私は自分が飼っていたペットの猫が誤って捕獲されないか気が気ではなかったのですが、首輪が付いている猫は捕獲しないとの緩い取り決めを信じて、実は私も興味半分で兄達と捕獲用の罠を仕掛けました」


文木:

「なんとまあ、でも、それもまたリアリティのある話だ」


石和:

「ひっくり返して底を上にした木箱の下側一辺を地面に立てた棒で支え、棒に付いた紐をタイミングよく引けば餌に気を取られた猫に木箱が覆いかぶさるという超が付くほどの古典的な罠でしたが、なんと一匹の猫を捕らえることが出来ました」


早良:

「え~捕らえちゃったんだ」


石和:

「捕らえた猫を力ずくで袋に押し込めようとする私達、必死で逃れようとする猫、木箱を押し返す猫の力、うめき声、擦り剥いた顎に滲む血、どれも鮮明に記憶に残っています」

「命を奪おうとしていることへの自責の念、後悔、いや私は寧ろ悪戯な興奮を得ていたと思います」


早良:

「で、どうなったんですか?」


石和:

「逃げられました・・・・・・。木箱を押さえていた兄やその友達の手の力がふっと抜けるのを確かに感じました。『惜しかったね』と残念がる兄達でしたが、実は内心ほっとしているのだろうと感じていました。もしかすると身体は震えていたかもしれないですね。少なくとも自分はそうでした。完全な気迫負け、自分達に成しえることではありませんでした」


門野:

「超リアルですね。で、その猫が写真の猫?」


石和:

「どうでしょうね。似ているとは思うのですが・・・・・・」


原澤:

「猫の平均的な寿命は十四~十五年。二十年生きる猫もいなくはないそうだけ、ちょっと無いかな」


早良:

「化け猫? 時空を超えて、捕獲しようとしたことに文句を言ってる・・・・・・とか?」


門野:

「違いますよ。やめてください」


早良:

「えっ?」


門野:

「いや、ほら、怖いじゃないですか。私、怖がりなんです」


石和:

「だけど、あの時感じたんだ。逃げた猫は姿を消す前に一度だけ立ち止まって、一瞬こちらを振り返り私にメッセージを送ってきた。私にはそう感じられた」


「『お前たち何故私達たちの命を奪おうとする。島を出ていくのなら勝手に出て行けばいいだろう。私達の先の事なんか気にしてくれなくて結構だ。私達たちはこの島で生きてやるさ。ずっとな。取り残されるのが可哀想だとか、人間が必要だなんて、お前たち人間の勝手な思い違いだよ』・・・・・・ってね」


 「当時、十歳にも満たない私が猫からの強いメッセ―ジを受けて人間のエゴを恥じたのは事実です。『そうだ、これは島を捨て去る人間の傲りだ。猫たちに人間なんて必要ない。この島で生きていたのは人間だけじゃない。人間の勝手な悲しみを猫達にぶつけてどうするのだ。島を捨てるのは僕たちだ』・・・・・・なんてね」


 門野:

「ずっと覚えていたのですね」


石和:

「えっ?」


門野:

「いえ、まだ幼なかったのにと思って・・・・・・。それだけ刺激的だったということでしょうね。


原澤:

「特異な経験が神経を研ぎ澄ませたってところだろうな」


文木:

「いや~面白い。実に面白い。石和さんには沢山の話を聞いたけど、これは最高だ。小説か映画にしたいくらいだけどそれは叶わないから、どうだろう、この話、私のブログに載せたいと思うけどいいかな?」


石和:

「それは構いませんけど。名前出しはNGでお願いしますね」


早良:

「誇大表現もNGですよ」早良がニヤッと笑った。


文木:

「分かってるよ」文木と早良のやり取りは相変わらずだ。

 それから小一時間は持ち込んだ写真を眺めながらの文木の思い出話に耳を傾け、更に石和が子供の頃のエピソードを重ねる形で大いに盛り上がった。


 みんなの酔いも回り、文木と早良が思い思いに話をしてなんだか収集がつかなくなったころ、不意に門野が石和に声を掛けた。


門野:

「石和さん、軍艦島のストリートビューはご存知ですか?」


石和:

「あぁ、グーグルのね。知ってるよ。前にちょこっと見たけど」


門野:

「どうでした」


石和:

「どうって・・・・・・瓦礫の山だし、撮影されている映像の範囲だけでどこにでも自由に行けるってことじゃないから。まぁ、そういうものであることは承知しているけど」


門野:

「私、今iPadを持っているから一緒に見てみませんか?」

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