第10話 カメラ目線の猫 ~第三夜~

 三回目の集会である。金曜日、場所も同じ居酒屋で座敷テーブルも変わらない。軍艦島で生まれ育った石和久(いさわひさし)と、その同僚である原澤克正(はらさわかつまさ)、そして原澤の友人である廃墟マニアの文木太郎(ふみきたろう)と早良壮(さわらそう)が顔を揃えていた。ただ前回までと違うのは、今回は新入りさんが来ていることだ。


文木:

 「 乾ぱ~い。いや~久し振り~」


早良:

「前回も『久し振り~』から始まりましたよね。今回は三週間空きましたけど恋人同士じゃないんですから・・・・・・」


原澤:

「いやいや。なんせ前回も盛り上がったしね。楽しみになるのは分かるよ。じゃ、今日もまた楽しみましょう。で、失礼ですがこちらの方は?」


文木:

「おっ、ごめん、ごめん、紹介するよ。こちらは門野(かどの)さん。俺もまだ知り合ったばかりなんだけどね。俺のブログを見て軍艦島に興味があるってことでメールをもらったんだけど、何度かやり取りをしているうちにこの集会のことを話ししたら是非一度参加したいということになってね。今日来てもらったんだ」


 文木はブログを開設している。そこには趣味としている日本各地の廃墟の写真を思い入れたっぷりに掲載していて、フォロアーも沢山いる人気のブロガーでもある。写真の中には、もう二十年以上も前に撮った軍艦島の上陸写真もある。当時はまだ観光コースなどは用意されておらず、冒険旅行よろしく長崎の漁港から漁師さんに頼んで島に渡してもらいテントを張って一泊した時のものだが、今となっては貴重な写真となっている。


門野:

「突然の参加ですみません。門野和美(かどのかずみ)と言います。声優をやっています」

 歳は二十ちょいというところだろうか、声も可愛いが顔も可愛い。


「今度、アフレコをやるアニメの舞台が軍艦島にそっくりだということを聞いて軍艦島に興味を持ったのですが、たまたま拝見した文木さんのブログに感銘して、すぐにメールを出させてもらいました。そうしたら、この集会に軍艦島の元島民の方がいらして当時の話をいろいろ聞かせてくれるというので居ても立ってもいられず・・・・・・。すみません。今日は宜しくお願いします」


早良:

「もっ、もっ、もしかして、アニメって『未来の顔・愛の戦士』ですか?」

 早良が興奮して声を上げた。


門野:

「はい。ご存知ですか?」


早良:

「知っているも何も、大、大、大フアンです。アニメも好きですが、主人公の声を担当している森嶋舞雪(もりしままゆき)ちゃんも大好きです」


門野:

「ありがとう。でも舞雪ちゃんでなくて残念、私は脇役なので」


早良:

「いえいえ、とにかく、あのアニメの声優さんとはびっくりだ。『軍艦島よりも今日はこっちの話で盛り上がりましょうか?』って、そういう訳にはいかないか」


門野:

「はい。そういう訳にはいかないので、それはまたの機会ということで。アニメは荒廃した未来世界が舞台になっているのですが、何十年も前に廃墟となった軍艦島がその舞台に似ているっていうのも面白い話ですよね。それで俄然興味が沸いてきたって訳です」


早良:

「おっ、軍艦島に未来を見るって感覚は僕と全く同じです。オジサンたちはノスタルジーってやつに浸っていますけど」


文木:

「今、オジサン達って言った?」


原澤:

「まぁまぁ。若い人で盛り上がっているところに悪いけど我々も挨拶させてよ。原澤といいます。よろしく。そしてこちらが噂の軍艦島元島民の石和君。私と同じIT企業で働いていて、二人ともとっくに五十歳を過ぎた『オジサン』です」


石和:

「よろしく、『オジサン』の石和です。古い思い出話ですが興味をもってもらえれば嬉しい限りです」


文木:

「よし、挨拶も済んだことだし、早速飲みながら石和さんの話を聞くことにしよう。とか言って・・・・・・実は、今日は俺の写真から話をさせてもらおうと思ってね。久し振りに家の写真を整理していたんだけどこんなのが出てきたんだ」


 そう言って、文木が数十枚の写真をテーブルの上に置いた。


「ブログにアップしていない写真なんだけどね、軍艦島に上陸した時の写真だ。もう二十何年も前のものだけどね」


早良:

「へぇ~、文木さん若いし、スリムじゃん」


文木: 

「 嫌味な奴だな~。ブログを見てるから、昔は痩せていたのは知っているだろ」

 この二人、親子ほど年は離れているがなかなかいいコンビなのである。


原澤:

「これはまた貴重な写真だなぁ~。石和、懐かしいんじゃない?」


石和:

「そうですね・・・・・・これは校舎の中のようですね。椅子や机が散乱している」


文木:

「そうだね。このあたりの写真は校舎の中。今じゃ一般人は絶対に入れない。石和さんの教室かどうかはこれだけじゃ分からないか」


石和:

「はい、残念ながら・・・・・・一階なら可能性はありますけど」


文木:

「おっ、一階だよ。可能性はあるけど断定はできないか」


石和:

「こっちの写真は岸壁の上ですね」


文木:

「写っている建物の様子からして多分このあたりだと思うんだよね」

 文木がいつものスマホの上空写真で、三十一号棟の前の岸壁を指さした」


石和:

「そうかもしれませんね。確か、岸壁に上ることができる場所が近くにあったと思いますし。島の何カ所かには岸壁に上ることができる場所があったと思いますが、私達小学生は禁じられていましたからほとんど上ったことはなくて、実は岸壁の上からの海の景色はあまり知らないんです。大人がいるときにたまにって感じです。親父が趣味で釣りをしていましたので様子を見に行ったりするときだけでした」


早良:

「おや、この岸壁の上の写真、猫が写っていますね。前聞いた話で野良猫は沢山いたって言っていましたもんね」


原澤:

「痩せているし、だいぶ年を取った感じの猫だね。人間がいなくなって何年も経っているんだから餌も十分ではなかったのかもな」


早良:

「でも、しっかりとカメラ目線なのは笑えるけど。口を大きく開けて、なんか言いたげだ」


「あれ、こっちの写真に写っている猫、同じ猫じゃない? あれあれ、こっちにも写っている」

 そう言って沢山の写真の中から猫が写っている写真を抜き出してテーブルに置いた。


文木:

「そうなんだよ。なんだか凄く懐いちゃってさ。俺たちが行くところ行くところにこいつが出てくるんだよ。しかもご覧の通り、写真を撮ればしっかりカメラ目線で入って来てさ、なんだかもの言いたげな感じだろ。不思議な猫だったんだよ」


原澤:

「ん、どうした? 石和。黙り込んじゃって」

 写真を凝視したまま声も出さない石和に原澤が声を掛けた。


石和:

「いえ、この猫なんだか似ているなぁって思って・・・・・・」


原澤:

「飼っていたっていう猫か?」


石和:

「いえ、じゃぁ、丁度いいから軍艦島での猫のエピソードをお話ししましょうか」

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