第9話 謎の生物”びっきょ” ~第二夜の終わり~

文木:

「風呂の話はあったけど、他に水関係で面白い話がある?」 


石和:

「じゃ、まずはプールの話をしましょうか」


文木:

「プールね・・・・・・これだよね」

 文木が手元の写真から数枚を抜き取って石和の前に差し出し、それからスマホの上空写真を指さした。学校から一番遠い島の端に大と小二つの長方形の枠がある。

「前に上陸した時に行ったんだ。ここ海水プールだったんだよね」


石和:

「おっ、さすがに良くご存じですね。二十五メートルプールと少し小さく浅めの幼児用のプールがありました。私は泳ぎは得意でしたので、小学校に上がる前から二十五メートルプールの方で泳いでいましたよ。子供の自分には結構な深さでした。いつも混んでいましたので、お兄ちゃん達にあっち(幼児用)に行けって怒られていました。危ないですからね」


「文木さんがおっしゃる通りプールの水は海水でした。閉山の頃には真水が使われていたというネット情報を目にしたことがありますけど、私の記憶では海水でしたよ。海からポンプで海水を汲み上げていましたが、ある日、取水ホースの網をかいくぐって針を持った魚がプールに入ってしまったことがありました。全員プールサイドに上げられて、監視員が網と銛をもってプールに飛び込み、捕獲するまで待機ってことがありました。海水プールならではですよね」


早良:

「すげー。確かに海水プールならではのエピソードだ」


石和:

「水中眼鏡はしていなかったですね。海水でも目を開けて泳いでいたと思います。確かそうでした」


「島と言っても軍艦島は周りをぐるりと高い岸壁で囲まれていましたし、砂浜なんてありませんから泳ぐにはプールは必要でした。でもね、砂浜での海水浴を楽しむ機会もあったんですよ」


原澤:

「へ~なんで? 年に何度か幻の砂浜が現れるとか?」


石和:

「ははっ、面白い。でも違います。実は近辺の海水浴場に行くことがありました。子供会のイベントだったと思います。我が家は家族全員で参加していました」

「我が家にあるフォトアルバムには、『高浜海水浴場にて』ってコメントが書かれていましたので・・・・・・ここですね」

 石和がスマホの上空写真で、長崎から海に突き出した長崎半島(野母半島)を指さした。

   

「なにせ軍艦島にはない環境ですからね。思いっきり浜辺で遊びました。海の家もありましたし楽しかったなぁ~ってしっかり覚えています。 今もある海水浴場のようですね」


「アルバムには、『中之島にて』いうコメントが書かれた海水浴の写真もありました。ここですね」

 石和が今度は軍艦島の北東に浮かぶ島を指さした。軍艦島の直ぐ傍である。

「写真でみると、砂浜ではなく、こぶし大の沢山の丸石の上に腰かけていました。残念ながらあまり記憶はないです」


「大型船に沢山の人が乗り込んで海水浴場の近くまで行き、小舟に乗り換えて岩場に接岸して上陸・・・・・・みたいなちょっとおっかないことをやっていた記憶があります」


原澤:

「海水浴をするのも一苦労だ。高い岸壁に囲まれた島の特殊な環境を考えると致し方ないのかも知れないけど、子供たちに楽しい思い出をと考えて大人たちが苦労していたことが伺い知れるエピソードだね」


石和:

「確かにそうですね。小さな島に居るからできないこともあるでしょうが、それを理由に子供たちに可哀想な思いをさせないようにと頑張ってくれていたのだと思います。その意味では、我が家なんかは週末の度に頻繁に長崎の本土に遊びに行っていましたし、父母の生まれ故郷の宮崎県にも帰省していました。父も炭鉱で肉体的に辛い仕事をしていたのだろうと思いますが、休みはしっかり取れていたと思いますしお金は多少余裕があったようですよ」


「そうそう、宮崎県への帰省の話で思い出しました。水の話でもう一つ」


文木:

「ほう。どんな話です?」


石和:

「軍艦島はよく『緑なき島』と表現されますが、少ないながら緑はありました。島の東側には私が移り住んだ六十五号棟から、日本最古の鉄筋コンクリート建築である三十号棟まで細く長い『山道(やまみち)』があり、沢山の植物が植えられていました」

 ここですねと、石和が上空写真で山道を辿るように指し示した。


石和:

「でも、川や池はありませんでした」

「夏休みを利用して、父母の実家のある宮崎県に帰省した時のことです。『夏休みの友』っていう宿題のドリルがあったのですが、水辺の生物の絵が書かれていてその名前を埋める問題がなんだか良く分かりません。あめんぼうやゲンゴロウ、簡単な問題ですが島では見たこともありませんからね」


「そこで宮崎の親戚のおじさん達に質問します。『これなに?』、それは『びっきょ』だよ。素直に書き入れて、夏休み明けに提出したらバツが付けられていました。大人の悪戯です。『カエル 』の方言でした」


早良:

「はははっ、うける~」


原澤:

「『びっきょ』ね~。確かにうけるわ。小学生でカエルを知らないなんてないもんな」


文木:

「でも、島の子供たちにとってはそれくらい島の環境が特別だったってことだよね」


石和:

「間違ったのは私だけだったかも知れませんけど・・・・・・さっき話をした山道でカマキリを捉まえたときは、新種のバッタだと大騒ぎしたこともありましたね」


早良:

「それもうける~」

 

文木:

「おっと、もうこんな時間か」

 文木のひと言で全員が柱の時計を見上げた。もう二十二時前であった。


原澤:

「時間が経つのが早いですね」


文木:

「あまり遅くなるとかみさんがうるさいから、そろそろお開きにしようか。石和さん、また次回ってことでお願いしますね」


石和:

「はい、勿論。少しお話しできることを整理しておきますね」

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