第8話 ガス爆発とフリルの下着
文木:
「 水やガス、電気のライフラインはどうだったの?」
石和:
「まず電気ですが、生活するうえで全く困ったことはなかったと思います。停電したという記憶はないですね。当時は気にしたこともありませんでしたが、後で調べると隣の島の火力発電所から電気を引いていたそうです」
「軍艦島の当時の様子を伝える話で、国内ではいち早く各家庭にテレビなどの家電が普及していたことがあげられますが、電力は十分だったようです」
原澤:
「重要な炭鉱の設備を動かず動力でもあるから、電気はしっかりしていたんだろうね」
石和:
「そうですね。なので電気に関する面白いエピソードは思い浮かばないです。すみません」
文木:
「いやいや、全然。じゃ、ガスは?」
石和:
「ガスはプロパンでした。これは覚えています」
原澤:
「なにか思い出でもあるの?」
石和:
「はい。火事による爆発です」
早良:
「なんか凄い話・・・・・・」
石和:
「私が三十一号棟に住んでいたのは前回お話しした。その東側、海とは反対側のここにあった木造住宅が火事になりました」
石和がスマホで指さしたのは軍艦島を上空から見た見取り図だ。確かに三十一号棟の隣に小さな建物の形が描かれている。
「少し高くなった土地に建っていましたが、六階にあった我が家の目の前にその木造住宅の部屋がありましたから、結構背が高かったと思います。その建物が火事になりました」
「火の勢いは凄く、三十一号棟のうち木造住宅に近い部屋の住人は避難を余儀なくされました。眠っていた私も兄に叩き起こされて、眠い目を擦りながら火と反対側の出口に走ったことを覚えています。避難の際、大人たちが声を掛け合って各家庭のプロパンガスを外して安全な場所に移動させていました」
「私達は、三十一号棟を出て一時避難場所から激しく燃え盛る木造住宅と火に炙られる三十一号棟を眺めていました。『プロパンが爆発するぞ』と私の近くにいたおじちゃんが呟いたその時です、ドカーンという大音量と共に三十一号棟側から地面と水平に火柱が飛び出しました」
「『うおっ』、『キャー』大人たちが声を上げます。それを合図にもっと安全な場所へと移動を開始しましたが、私は何か映画でも見ているかのような不思議な気持ちになっていました」
文木:
「現実として受け入れられないって感じ・・・・・・分かる気がするよ」
石和:
「そうですね・・・・・・。恐怖、それから・・・・・・不謹慎ですが大火を目の当たりにしての変な高揚感、 何よりもたまたま近くにいたおじちゃんがまるで予言のように呟いた途端に本当に起きた爆発など、色々な感情が心に刻まれました。あと、外は寒かったという記憶もですね」
原澤:
「ん~そりゃなかなかの経験だ。狭い島の中で起こった大きな火災だから大ごとだったんだあろうな」
石和:
「三十一号棟の我が家は焼失まではいかなかったですが、火が回ったうえ消火活動で水浸しになったため引っ越しすることになりました」
早良:
「引っ越しの話は何度かでましたよね」
石和:
「引っ越し先は、ここ六十五号棟のこの辺りです」
石和がコの字型をしたひと際大きな建物を指さした。
石和:
「学校の隣です。道一本を隔てて、すぐに学校の裏門に飛び込めました」
早良:
「近っ!」
石和:
「島の端から端への引っ越し。でも知れていますよね」
「火事の影響から立ち直るのに、しばらく時間はかかったと思います。親は特に大変だったと思いますよ」
「私もしばらくの間、洋服は島民から援助された古着を着ていました。狭い世界での支援品ですから、『あっ、俺の服』なんてのもあったかも知れないですね。私に与えられた下着のシャツの首元に小さなフリルやリボンがついていて、母に『これは女物!』って文句を言った記憶があります。結局は着ていましたけどね。無いんだから仕方がない。学校では内心ヒヤヒヤしていましたけど」
早良:
「事情は分かっていても小学生は容赦ないですからね。見つかったら、ただじゃ~すまない」
石和:
「ははっ、ですよね」
「そうそう、当時、猫を飼っていたのですが、引っ越し先の新しい家に連れて行ったけど行方不明になってね。もしやと思って焼けた三十一号棟の我が家に行ってみたら、玄関の靴箱の中にちょこんと座っていました。家の中はぐちゃぐちゃ、びちゃびちゃ、ゆっくり座れるところは確かにそこしかないって感じでした」
「フリルの下着と靴箱の猫、火事が映画の世界から現実の世界になった出来事でした」
原澤:
「猫を飼っていたんだ」
石和:
「はい。小学校の入学式の日に野良猫を拾って来たんです。親に怒られましたけど、わがままを通して飼いました。島には野良猫は沢山いましたよ」
「電気とガスの話が終わったから、次は水ですね」
文木:
「風呂の話はあったけど、水関係で他に面白い話がある?」
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