第7話 お風呂は楽しい ~第二夜~

 初集会から二週間がたった金曜日の夜である。軍艦島で生まれ育った石和久(いさわひさし)と、その同僚である原澤克正(はらさわかつまさ)、そして原澤の友人である廃墟マニアの文木太郎(ふみきたろう)と早良壮(さわらさう)が、前回と同じ居酒屋の同じ座敷テーブルに陣取っていた。


文木:

「乾ぱ~い。いや~久し振り」


原澤:

「文木さん、大袈裟だなぁ~たった二週間しか空いていないのに」


文木:

「それだけ待ち遠しかったってことだよ。君だって同じだろ?」


早良:

「うん、待ち遠しかった」


文木:

「それみろ!」


石和:

「そう言ってもらえれば嬉しい限りです。さて、今日は軍艦島のお風呂事情ですよね」


早良:

「いや、その前に前回の宿題について報告しなきゃ」

「電話の件ですけど、郵便局に公衆電話があったことは石和さんのおっしゃる通りでした。島民が外に電話をする時は並んで順番待ちをしていたそうです」

 一同、早良の報告に耳を傾けた。


「でも・・・・・・島外から島民に連絡をする時に公衆電話を利用できたかどうかは、残念ながら分かりませんでした。石和さんの記憶にある『郵便局員が呼びに来てくれた』ということも結局は分かりませんでした」


石和:

「そうですか・・・・・・。そう言えば、前回話題になった給食のこともあって兄に連絡をしてみたのですが、兄も郵便局員が呼びに来てくれたことを覚えていましたね。『うちは特に仲良くしていたからかも』とはいってましたけど」


「まあ、そういう場合もあったというくらいで聞いておいてください。四十年以上も前ですし、特殊な島の環境を考えれば誰もが自由に電話連絡をすることができなくても不思議ではないのでしょうから」


文木:

「勿論、貴重な実体験談として聞き入れますよ。態々お兄さんにも確認してくれて、お二人に記憶があるのだから」


原澤:

「で、もう一つお兄さんに確認してくれた『給食の宿題』ってのは、まだ給食制度が始まってなかった時には家に帰って食べていたっていう話だね」


石和:

「はい。兄に聞いてみたら、やはり小学校在学中に給食が始まったそうです。何年生の時かははっきりしませんでしたが・・・・・・」

「でも、給食が始まる前は弁当だったそうです。『そりゃそうだ』って思いました。家が極々学校に近い人は、家に帰ってご飯を食べることもあったかもしれませんが、いくら島が狭いからといっても、みんながみんな家に帰るってことはないでしょうからね」


早良:

「そりゃそうですね。まあ、給食に関しては『時化たときに菓子パンだけってことがあった』っていう話が聞けたから僕たちは十分ですよ」


文木:

「そうだな。経験者だから知っている貴重な話だもんな」


原澤:

「じゃ、本題のお風呂についても何か貴重な話が聞けるといいですね」


石和:

「風呂は共同風呂でした。私の記憶では、私達が入れるお風呂は三カ所あったと思います。電話と同じように会社の偉い人には家風呂があったような情報を後に何かの記事で目にしたこともありますが、当時は子供たちの中でそれが話題になることもなかったです」

「職場にも風呂はあったようです。石炭で真っ黒の炭鉱夫が共同浴場に入ってくるなんてことはありませんでした。父も仕事から帰ってきた時はいつもきれいでした」


「三カ所の風呂は、どこに入っても良かったです。お金払って入るわけじゃないので友達と待ち合わせしてあちらこちらの風呂に行きましたよ」

「まぁでも、基本は近くの風呂ですね。住んでいた三十一号棟の地下に風呂があったことは前回いいましたが、引っ越しするまでは基本的には三十一号棟の風呂に入っていました。風呂の雰囲気は・・・・・・そうですね番台のない銭湯をイメージしてもらえばいいと思います。脱衣所があって、ガラス張りの扉の向こう側に大きめの浴場がある。二十から三十人くらいは一緒に入れたんじゃないかと思いますよ」


「各自が洗面器に石鹸、タオル、シャンプーを入れてもって来ているから、洗い場にはなにも用意されていなかったと思います。風呂椅子もなかったんじゃないかな。シャワーもなかったですね。その代わり、風呂から出るときには『掛かり湯』っていうのが用意されていて最後に身体に掛けていました」

「掛かり湯ってちょっと特別ですよね。洗い場の端に家庭用の風呂よりも少し大きいくらいの蓋つきの釜が別にあって、中に綺麗な温かい水が用意されていました。三十一号棟の掛かり湯の釜は木製で、高さも一メートル以上あったと思います。昔、まだ水環境が十分でない時に、海水で風呂に入らなければいけない場合があって、掛かり湯はそのために準備されていたもののようです。これネット情報ですけど。友達がいたずらで掛かり湯の方に浸かっていて大人に怒られていたのを覚えています」


「子供たちにとっては風呂場も絶好の遊び場ではありました。脱衣所の板張りの床に三~四センチメートルほどの節穴があって、そこに足の親指を突っ込んで指先を隠しては『指が無くなったっ!』って大人たちを驚かせて遊んでいました」

「それから、湯船の内側の淵に添うように突き出した腰掛けの裏側、つまりお尻の下側ですね。その腰掛の裏側に、ひっくり返して湯船に沈めた洗面器に閉じ込めた空気の塊を送り込むと、腰掛の裏をすう~っと伝ってカーブしたコーナーを曲がり切れず一気に水面に浮上することを発見して、コーナーに腰かけたおじさんの股間から突然大きな空気の塊が飛び出すなんていたずらもしていました。これは私も怒られました」


原澤:

「ははっ、それはびっくりするし、怒るわね」


早良:

「でっかいオナラって思われたら、恥ずかしいですもんね」


石和:

「くだらない話ですみません」


文木:

「いやいや、そんな話が面白いんだよ。子供達の活き活きとした様子が伝わるよ」


石和:

「引っ越しをしてから行くようになった風呂は、ちょっと広かったと思います。六十号棟と六十一号棟の間の地下にありました。ここですね」


 石和がスマホの上空写真を指さして言った。


「風呂場の真正面の壁には大きな窓があって、窓の外にはどこに通じていたのか分からない長い空間がありました。そうですね、地下鉄のフォームから電車がやってくるトンネルをイメージしてもらえばいいと思います。それを小さくした感じです。そこにはいつも風が吹き抜けていて、当時流行り始めていたトニックシャンプーがスーッとして気持ちいいとなって、みんなで窓を開けて頭を出したりしてました。シャンプーの泡を目の周りや股間に塗って喜んでいる奴もいましたね。ちょっと馬鹿っぽいです。私もやってたかな・・・・・・」


早良:

「分かる気もするけど・・・・・・」


石和:

「八号棟にも風呂はありましたが、ここはやや狭いし、薄暗い印象であまり行かなかったですね。高台にあって明かりを取り込んでいましたが、電気を煌々と灯した三十一号棟の地下のお風呂の方が明るかったと思います。まあ、大人には少し薄暗い方が風情があって良かったのかも知れませんけど」


原澤:

「色々あるんだな。風呂は混んでいたの? 人が沢山いたんだから」


石和:

「時間帯にもよるのでしょうけど、混み混みだった記憶はないですね。私がいた時期はもう人も少なくなっていましたしね。昔はそうではなかったそうですよ。これもネット情報ですけど」


「風呂には色々な人がいました。身体の洗い方、順番を教えてくれる先生もいましたし、刺青のおっちゃんやにいちゃんもいました。刺青って古い炭鉱夫のイメージですかね。荒くれ者ってやつ。でも、極々少数です。怖いってことは全然なくて、『これ何の絵?』、『痛くなかった?』、『消えないの?』なんて話をしながら一緒に風呂に入ってましたよ」


早良:

「無邪気ですね~ちょっと怖って感じですけど」


石和:

「ん~子供だったからかな? でも、島民はみんな仲良くやっていたと思いますよ。怖い思いなんてしたことはなかったですし、そもそも犯罪なんてなかったので、みんな家のドアに鍵なんてかけてませんでしたしね」


「まあ、風呂の話はこれくらいですね」


文木:

「いや~ありがとう。面白い話が沢山聞けたなあ。よし、じゃ次・・・・・・。風呂で水の話がでたけど、水やガス、電気のライフラインはどうだったの?」

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